追憶 ~甦る日々【8】一章 希望と躓き

大学1年での「希望と躓(つまず)き」を象徴する出来事が起きた。永井荷風への憧れが頂点に達し、そして終結を迎えたのである。

突然、筑摩書房の日本文学全集を購入することを思い立った。近代日本文学を代表する作家の作品をすべて読もうと決めたのだ。講義には出ていない、時間はたっぷりある。今読まずしていつ読むのだ。

しかし、文学全集は、学生がそう簡単に買えるものではない。そこで初めて、アルバイトをすることを思いついた。大学に行くと、地元を代表するデパート「福屋」の婦人靴売場の求人があった。

その初日、寝坊で20分も遅刻し、売場主任にこっぴどく怒られたが、同じフロアのふたりの「お姉さん」に可愛がられ、退屈な時間をどうにかやり通すことができた。このアルバイト料と入学時の祝い金の残りを合わせ、狙った新本の文学全集を手にすることができた。

振り返ってみるに、その当時の自らの間抜けさに呆れるばかりである。何故、文学作品を読むのに全集でなければならないのか。初心者なら、まず文庫本から始めればよいではないか。

お金もないのに何故、買おうとするのか。図書館に行けば容易く借りれるというのに。また、購入するにしても、古本屋を覗けば相談にのってくれるはずだ。

当時の私の金銭感覚はあまりにも幼かった。財政の管理とか節約という感覚が乏しく、目の前に金があればすぐにでも使ってしまうという水準であった。授業料と最低の生活費は親からの仕送りである。それ以上欲しければ、家庭教師などの恒常的なアルバイトをすればよいのだが、それはしてなかった。

問題なのは、親からの金のすべてが現金書留で私に直接届くということであった。本来なら、すみやかに授業料や寮費・食費を大学に納めればよいのだが、そうはいかない。生まれて初めての高額の現金を手にして、嬉しくてしょうがない。もっとも授業料は現在と比べてはるかに低額で年間1万2000円。それを前期と後期に分けて半額ずつ納入すればよいことになっていた。

授業料にはさすが手を出せなかったが、それと比べて小額の寮費・食費を使い込むようになった。あとでまとめて払えばよいと高を括ったのである。しかし、大学をなめてはいけない。すぐに通告が、親ではなく保証人の伯父に届いたのである。私は謝るしかない。ところが、同じことを再びしでかしたのである。伯父に絶縁されてしまった。

とにもかくにも一括購入した文学全集が寮の私の部屋にやってきた。新本独特の匂いが心地よい。書架がないので、畳の上に積み重ねるしかない。おもむろに永井荷風の『濹東綺譚』のページを開き、活字を追った。

このままの時間が過ぎて行けば、私の企みは幸せに実ったことだろう。しかし、この肝心なときに私は大きく躓いたのである。あれほど苦労して手にした文学全集を遊ぶ金欲しさに古本屋に売り払ってしまったのである。最初はそのつもりはなかったのだが、小銭欲しさに目がくらんだのである。

私の文学への想いは、それを熟読することではなく、単に全集を購入することで終焉してしまった。「大学では文学作品をとことん読むぞ」という私の自負心は粉々に砕けた。寮の部屋での全集の読書が、私が講義に出ない言い訳であった。

事態は最悪である。私は心身ともどん底状態のまま実家にもどり、2カ月の夏休みを静養にあてた。

(青木忠)

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