瑠璃山薬師寺(因島原町)地元戦没者慰霊祭とともに海道トンネル貫通石を供養

お釈迦様の誕生日の8日因島原町の瑠璃山薬師寺(後藤公己住職)では、花まつり、戦没者慰霊祭、しまなみ海道「瀬戸田トンネル」貫通石供養の3つの行事が行なわれた。

もともと花まつりと戦没者慰霊祭は同時に行なわれていたが、今年は地元住民の要望に応えて海道全通を前に、瀬戸田トンネルから出た貫通石の供養祭が合せてとり行われた。

しまなみ海道生口島道路の瀬戸田トンネル(717メートル、平成14年貫通)は、薬師寺の「一日四国霊場」大師山天狗岩を貫いた。そこで同寺は平成17年、地元の波戸岡伸夫さんから提供をうけた貫通岩を境内に設置し、供養をつづけてきた。

天狗岩はもともと古代信仰の対象であった蛎岩(かきいわ)のことで、江戸期に修験者の山嶽信仰で、そのように称されるようになった。

古来の山嶽信仰では巨岩には霊が宿るとされ、石神として崇敬されてきた。石神は、地中深く根を張り成長すると信じられてきた。石神には生石(いくし)、光石、子生石などがある。石碑の貫通石は、生石の底つ磐根(そこついわね)と見られている。

先代から慰霊祭

太平洋戦争での原町の戦没者は57人。慰霊祭は、自身東南アジアに出征し帰還した薬師寺先代住職の公生さんの働きかけによって昭和23年から始まった。昭和36年には遺族会によって境内に慰霊碑が建てられた。

現住職の公己さんは昭和57年、高野山の僧侶仲間とビルマ(ミャンマー)訪れた。その時の衝撃は大きく慰霊祭を「死ぬまでつづけよう」と誓ったと言う。

現在は、原町会(錦織定町会長)に受け継がれ、命をささげて国や故郷を守ろうとした人たちへの感謝と安らかに眠ってほしいという素朴な気持ちで毎年つづけられている。

この日、薬師寺のほかに長命寺(瀬戸田・名荷)、地蔵院(同・沢)、光明坊(同・御寺)、安楽寺(佐木島)の住職が、貫通石の供養と戦没者の慰霊の読経を行なった。

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