理容院50年の歩みに幕 光田和雄さん(78)冨子さん(79)
掲載号 11年01月08日号
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昨年末、因島三庄町のみつだ理容院は、連日早朝から常連客で賑わっていた。高校生のときから通っているという人もいた。みな「12月30日をもって閉店」を知りやってきたのだ。

光田和雄さんと妻・冨子さんがそこで理容院を始めたのは、昭和33年。地元の中学卒業後、大阪の専門学校で学び、自分の店を構えた。冨子さんは三原市本郷の実家が理髪店とあって経験者。夫がカットとバリカン、妻は毛剃りとシャンプー。ひとりではできない、いつも二人三脚だったと振り返る。
当時の三庄町は人口も多く、理髪店は10店あった。朝8時半から夜は10時までやることも多かった。年末や成人式は大忙しだった。
そんなときでも「みなさんの髪をきれいにしてあげられるのなら」と、月に1回は夜行列車で大阪や東京の研修会に参加した。知人がモデルとなりコンクールで2位になったこともあった。速さ、正確さ、美しさを競って、毎年チャレンジした。時代が変わりヘアースタイルの考え方もいろいろ。昔は硬い髪をどうやってねかせるかと、アイパー、ポマードなど使ったが、今はどうやって毛を立たせるかだと苦笑する。最近は丸刈りがはやっているという。
50年間にわたり、ひいきにしてくれたお客さんに感謝する気持ちは尽きない。



