因島で見た野鳥【162】ホトトギスとウグイス~種間托卵~
ホトトギスは、ウグイスが巣から離れた隙に、20秒程度の短時間で卵1個を産み落とし、ウグイスの卵1個を持ち去る。(内田:日本鳥学会誌vol.60 pp.78-87,2011)
ホトトギスの卵は、割れにくいように殻は少し厚いが、ウグイスより少し早めに孵化する。
ウグイス(仮親)に餌をもらい体力を蓄え、まだ目も開いていない状態で、ウグイスの卵を一つずつ巣の外に落とし、ヒナがおれば、それも巣から排除する。
ホトトギスのヒナの背は、卵やヒナを乗せやすいように平たくなっている。
図①は、その様子を描いたものである。
ウグイスの卵はチョコレート色であるが、図①では、単色でも分かりやすいように、卵を白っぽくしてある。
仮親のウグイスは、巣に残った唯一のヒナ(ホトトギス)を、自分の数倍の大きさになるまで育て上げる。
これが、異なる種へ托卵する種間托卵(真性托卵)の一例である。
日本で種間托卵する種は、カッコウ科の鳥(ホトトギス、カッコウ、ツツドリ、ジュウイチ)であるが、世界的には、多くの科で種間托卵が観測されている。
多く自治体では、シンボルの鳥を指定している。
約170の自治体はウグイス、3の自治体はホトトギスがシンボルの鳥で、ホトトギスよりウグイスが圧倒的に人気がある。
岡山県では、「県民の鳥」はホトトギスであったが、1994年にキジに変更された。
この理由の一つが、「ホトトギスの托卵の習性が県民の鳥にはふさわしくない」ことである。
納得できなくもないが、繁殖期のキジのオスは、通常、複数のメスを従えて、子育てには関与しない。
人の倫理観を鳥に押しつけるなら、キジが県民の鳥としてふさわしいのか議論の余地(?)があるかもしれない。
古来詩歌に詠(うた)われた鳥は、ホトトギスが最も多い。
万葉集には、托卵で育ったホトトギスが詠われているが、親を知らないホトトギスが鳴くさまを詠(よ)み、皆殺しにあったウグイスのヒナ・卵には触れられていない。
清少納言による枕草子には、「歌集は万葉集と古今和歌集がよい」とあるので、清少納言は、ホトトギスの托卵も知っていたであろうが、その第41段に、人気の鳥として、オーム、ホトトギスなどを取り上げ、ウグイスは、「宮中で鳴かない」「卑しい身分の家で鳴く」「虫食いなどと言われている」などの難点があるとしている。
ホトトギスの托卵の習性を知れば、多くの人はウグイスよりホトトギスの肩を持つ気分にはなれないと思われるが、古の人々は托卵に別の印象を持っていたのであろうか?
紀元前1600年~1200年ごろ繁栄したギリシャ・ミケーネの王室は、数千人の男女奴隷集団を所有し、女性集団には乳母の職種集団がいたらしい(弓削達:地中海世界ーギリシャ・ローマの歴史ー、講談社2020年)。
植松三十里による「お江の方と春日局」(NHK出版2010)に、次のような記述がある。
(京都にいた)お福は家を出ようとしていた。それも夫と離縁して。そして将軍家の若君の乳母として江戸に向かう。(乳離れできない子供もいる)家族を捨てて、他人の赤ん坊に、乳をやりにいくのだ。
括弧内の文言は筆者が付け加えた。
お福とは、後の春日局で、若君は、後の三代将軍・徳川家光のことである。
古来より、身分の高い女性は自分で子育てをするべきでないなどの考えもあり、強権的に赤子から母親を取り上げ乳母にすることもあったであろうから、ホトトギスの所業も受け入れることができたのであろうか?
冒頭に引用した論文の著者・内田は、埼玉県・標高90メートルの林地で、3年間、ウグイスの巣の様子を観察した。
卵やヒナがあったウグイスの巣113個のうち92個の巣は、捕食されたり放棄され、残り21巣のうち、20巣でウグイスが巣立ちし、巣立ちしたホトトギスは1つの巣からの1羽のみであった。
本連載【42】ホトトギスで、ホトトギスの托卵についての別の観察結果を紹介し、巣立ちが容易ではないことを述べたが、内田の観察結果もほぼそれに一致する。
ウグイスの巣は、ホトトギスの托卵がなくても、大半の巣は巣立ちには至らない。
巣立つホトトギスのヒナは、ウグイスのヒナよりずっと少ない。托卵も、自然の多様性として受け止めるべき事柄であろう。
図①を作成していただいた因島中庄町・渡邉千史さんに謝意を表します。
文・松浦興一 図・渡邉千史
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