碁聖・本因坊秀策偉人伝 郷土因島出身の天才棋士の物語り 虎次郎は行く(下巻)序【4】 「ヒカルの碁」の原作者との対談(1)

漫画雑誌少年ジャンプ連載でヒットした「ヒカルの碁」の原作者ほったゆみさんと会うことができた。

出会いの場所は因島市外浦町の本因坊秀策生誕の地、石切風切宮敷地内にある秀策遺品館「碁聖閣」。雨あがりの5月26日午後1時10分前。タクシーから降りるほったさんと私たちの車が同時だった。時間を打ち合わせていたわけでない。この出会いもヒカルの碁に登場した霊、平安時代の天才棋士藤原佐為(さい)のいたずらではないかと、ふと頭の片隅をよぎった。

ほったゆみさん(左)と2代目石切風切宮宮司
ほったゆみさん(左)と2代目石切風切宮宮司

ほったさんの因島訪問は二度目。最初はヒカルの碁を執筆する前。今回は四月末で連載を終ったので、取材等のお世話になった方々にお礼やお詫びの旅を―というわけ。

なにしろ、囲碁とは無縁で関心のなかった少年少女からその親たちに囲碁ブームを巻きおこしたのだから日本棋院も関西棋院も文句のつけようがない。出版社も世界唯一の囲碁漫画で累計1800万部突破というからホクホクである。そのい一方で、各地の囲碁会場は少年少女の初心者が急増してとまどった。本因坊秀策の生誕の地も年少者や家族連れが増え、市は近くの駐車場にトイレを新築、本因坊秀策顕彰碑から秀策の墓地までのみちしるべを建てるなど対応におおわらわ。

大ヒットした原作者のほったさんは「ご迷惑をかけて申しわけない」と、きわめて謙虚。日本棋院や関係機関から囲碁普及貢献でいただいた賞金を「お詫びと秀策顕彰に役立てて欲しい」と因島の碁聖閣に寄付した。(以下一門一答)

―作家といえば、おっかない女傑というイメージが多いが、ほったさんは美しくてお若く、初対面なのに屈託無い。

ほった 名古屋の囲碁クラブに所属していますが、周囲が年輩の方が多く「お嬢さん」と呼ばれるとずうずうしく「ハイ」と返事をしています。ところが、雑誌社に行くと、若いピチピチのスタッフ。読者は少年少女が対象でしょう。大学生の子供がいる四十五歳の母親ですから、おばさん扱いです。

―漫画家になった動機は…

ほった 少女時代からの夢でした。大学を中退して名古屋に本社がある中部日本新聞社会部の片隅で編集の仕事を手伝っていました。

―新聞は中日。野球はドラゴンズの名古屋地方ですね。つけ加えるとクルマはトヨタ。銀行は東海銀行で排他的と悪口をいう人もいるが、良くいえば郷土愛の強いところですね。広島県は新聞は中国。野球はカープ。東洋工業のクルマと広銀は名古屋地方ほどでもありません。県民性、郷土の風土、熱愛度という人もいます。

ほった 主人が漫画連載を中日新聞と契約していることもあり名古屋を離れずにいますが今はファックスからパソコン、インターネットの時代になり東京を離れていても不自由なく作家活動ができます。

(つづく)

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