ふるさとの史跡をたずねて【180】真界山(因島重井町細島)

真界山(因島重井町細島)

因島重井町の細島は因島の属島のうちの唯一の有人島である。三原市木原町の鉢ヶ峰が修験道の道場になった時、修験者が住みだしたのが、この島に人が住むようになった始まりだという。だから、古くは山伏島と呼ばれたが、今はそう呼ぶ人はいない。三和ドックとの間の海には今も山伏瀬戸と地図に書かれており、その名残をとどめている。

細島大明神の石碑は方々探したり、地元の方に尋ねたりしたが見つからず諦めていた。ところがある年の早春に茶臼山に登った時、畑の縁の通れなくなった山道の冬枯れの中に石のようなものが見えたので入って行くと、一石五輪塔などの墓石とともに「松の古跡」=写真左=と「南無妙法蓮華経 細島大明神」=写真右=の2つの石碑があった。

やがてまた樹木の中に埋もれてしまうであろうから、詳しく記しておく。共同墓地の入口の反対側から茶臼山に登る。畑の右端がかつての登山道であろうが、樹木が茂って通れないので畑の草の生えていないところを選んで登ることになる。その、かつての登山道の段差のあるところ、と書いておけば僅かの距離なので探せると思う。

この石碑のあるところが真界山と呼ばれるのは、真界坊という山伏の修行地だったことによる。そしてそこには、天狗が飛来したという松の古木があり、神木として崇められていたということである。「松の古跡」というのだから、その松は枯死したということであろう。
一般には日蓮上人供養碑と呼ばれる「南無妙法蓮華経」の石碑は、重井町には3基ある。他の2つは播磨のバス停と、島四国甲山寺の近くである。南無は南無阿弥陀仏のナムでサンスクリット語(梵語)。敬意を表し帰依するという意味であり宗派によって様々な意義付けが行われているのであろうが、門外漢の私流に解釈すると「阿弥陀如来さま万歳!」というような感じだろうか。(阿弥陀如来は万歳どころか無限の寿命をもつので賛美したことにはならないが…)南無妙法蓮華経は日蓮宗の専売特許のように思っている人が多い。

しかし、法華経は日蓮宗はもとより、それから派生した各宗派で重んぜられるのは当然であるが、宗派を問わず重要なお経である。特に天台宗は天台山の智顗(ちぎ)が法華経を再解釈しそれを元に仏教を再構成したものである。その日本における総本山延暦寺で学んだ法然、栄西、親鸞、道元、日蓮などにより、のちに鎌倉仏教と呼ばれる新仏教が誕生するのであるから、法華経がいかに重要なお経であるかわかる。

一方、細島大明神の明神というのは神仏習合時代の仏教側からの神社の呼び方である。

修験道は山岳信仰に仏教、道教、儒教、神道などを取り入れてできたものであるが、以上のことから細島の修験者たちが、法華経を読み、神社を敬っていたことがうかがえる。

(写真・文 柏原林造)

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