惜しまれる益田嘉朗先生の逝去

掲載号 13年06月22日号

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 医は仁術(じんじゅつ=医者は相手の気持ちを押し測る仁愛によって病気を治すものであって損得を考えない)とは今や死語になったのだろうか。

 このところ、医師派遣を頼みとする地方病院は「もう限界」と根をあげているが、患者を抱える住民側は不安な日々を迫られている。近年になって平成の市町村合併による一、二次救急医療がやっと落ち着いたように見えたが産婦人科や小児科の休廃診で島しょ部はゆらいだ。

 悪人は厚生省のお役人か、国の予算の世話になって成長した新人医師のわがままか―というと叱られるだろうか。もとを言えば厚生労働省が04年度に新卒の新人医師に2年間の研究を義務付ける臨床研修制度を導入したところ研修地を自由に選べるようにしたのが混乱の始まりだろう。

 研修生が都会地で設備の良い病院を選ぶのは当然でありそれを止めることも難しい。尾道市民病院の小児科医師派遣問題でゆらいでいるときに、因島の小児科を専門とした益田嘉朗先生の逝去は惜しまれる。

(村上幹郎)

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