福島放射能汚染地域に生きる子どもたち【1】

掲載号 13年02月23日号

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1月14日、瀬戸田バプテスト教会で行われた講演内容を、加筆・修正したものを連載致します。土屋牧師は2012年4月に福島から瀬戸田に赴任されました。

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ネーブル、デコポン、レモンなど5箱を送る土屋修二牧師右とレモンを提供した黒田家健さん左。今も続けられている福島支援

2011年3月11日からもう直ぐ2年目を迎えようとしています。この2年の間に、東日本大震災の地震のメカニズムの研究が進み、また房総半島から宮崎県に至る南海トラフが30年以内に発生する可能性が高くなって、津波への警戒が見直されて、尾道市や様々な企業等などでは震災の被害を如何に最小限にするか等、防災・減災が検討され始めています。

2012年に入り、福島第1原子力発電所災害の発生状況が徐々に分かるようになり、民間、国会、政府の3つの調査委員会の報告が出されました。加えて、報道機関、出版社からも災害の状況が詳細に記された書物が出版されるようになりました。更に東京電力のテレビ会議も一部公開されて、当時の災害状況と東京電力の対応が徐々にわかって来ました。

福島の多くの人々は、3月11日のテレビ報道からメルトダウンが起こっている可能性を予想していましたが、実際に報告書等で、漸く福島第1原子力発電所で何が起こっていたのかを知ることが出来ようになりました。

東京電力がテレビ会議はじめ全ての情報を公開し、検証する機会を設けることが一層の原因究明に繋がり、安心した社会を作る上で必要なことだと思われます。

土屋修二(瀬戸田バプテスト教会牧師・博愛幼稚園園長)

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