もう一人の本因坊、村上文祥氏の功績

掲載号 08年09月20日号

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 因島が全国に向けて発信できる本因坊秀策囲碁記念館が生誕の地である尾道市因島外浦町宮ノ谷に完成、27日オープンする。大正15年(1962)に秀策生家の敷地内に建立された碁盤の台石の上に立つ顕彰碑と遺品は桑原家の子孫が所蔵、全国から訪れる人たちに無料開放されてきた。そのうち顕彰碑を除く秀策ゆかりの遺品をそっくり記念館に移し尾道市教委が管理運営することになった。

村上文祥氏

 もう一人の本因坊、故村上文祥氏(1933―1999)の功績があったことも忘れてはならないと思う。彼は因島土生町生まれで、旧制尾道中―因島高校―早稲田大―荏原製作所副社長という経歴。囲碁の天才児として注目されアマ本因坊戦優勝5回。テレビ初公開のプロ・アマ対局(二子)で本因坊秀格プロ九段に快勝するなど日本囲碁界のアマを代表する棋士として活躍。1999年、旧因島市から特別功労章が贈られ市民会館ロビーにレリーフがあるが新装された囲碁記念館に移しプロ・アマ本因坊の顕彰を後世に語り伝えたい。

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