ジェスチャーも言葉も持たぬ蟻達の共同作業を静かに見入る

掲載号 08年08月30日号

前の記事:“時代的背景を紡ぐ 本因坊秀策書簡【10】NHK大河ドラマ「篤姫」と囲碁(その十)
次の記事: “ふたりの時代【10】青木昌彦名誉教授への返信

片山哲子

 庭の一隅で進行する蟻達の作業に、作者は引き込まれていく。

 一日分として割り当てられた仕事を消化しようとすれば、蟻の共同作業を覗く余裕はないけれど、作者は、「蟻達の共同作業の秘密を解き明かしたい」との思いを深められる。

 蟻達の共同作業からは物音ひとつ聞こえない。先ほどから、作者は眼と耳などの五感を総動員し、蟻達の指示命令体系を確認しようとしているのに・・・

 人間同士なら、物事を計画通りに完遂させるため、ジェスチャーや言葉そして図表を使い、同じ目的意識を持つように努める。そこのところを蟻達はどうやっているのか・・・

 人間同士なら、指揮系統はA→Bであっても、B→Aのような助言者が生まれるが、そこのところを蟻達はどうやっているのか・・・

 以下は想像と推測である。

 『生物の集まりでは、それぞれの個体間で特殊な関係が生じ、関係する固体全てに有利な結果を生ずるものを、協同作用という(日本大百科全書)』。

 つまり、異変発生に対して、皆で場当たり的奮闘中、眠っていた遺伝情報が目覚め、個体が気付かぬうちに、全員の利益が得られる最適行動に移っていくという楽観主義だ。

 この楽観主義をお持ちの作者の視線は温かく、滲み出る癒しを感じる。

 この場合の癒しとは『人も蟻も同じ地球生命を持つものとして互に睦み合う』との楽園的な発想であり、作者の個性から生まれた一種の慈悲ではなかろうか。

関連書籍

E