父のアルバム【44】第六章 八朔と生きる

父のアルバムを見続けてきて思い知らされたことがある。

それは、私が大学に入学してからUターンするまでのおよそ30年間の父の生き様をほとんど知っていないという事実である。ということは、その期間は没交渉だったということになる。

そうしたなかで、父が八朔とともに生きてきたのだということだけは理解できた。私の家族は、例え遠く離れて別々に生活していようが、柑橘畑で実った八朔やみかんなどによって繋がっているのである。家族の一人ひとりが、その畑にどのように関わったかについてそれぞれの想いを持っていた。

わが家の田畑について、父が昭和九年夏から作成した記録帳「家のこと」にメモが残っている。昭和19年の資料である。

田 自作 一石四斗
畠 自作
麥  二石
みかん
はっさく
ネープル
アンセイカン

この時期は祖父の時代である。自作とあるのは自作農のことである。しかし、専業ではなく兼業であった。祖父は船員、父は教員。家族をあげて農作業を行なっていたに違いない。

当時は稲作もやっていたが、戦後、病気の祖母の治療のために売却した。麥(むぎ)畠はじょじょに野菜畑や柑橘畑に変わっていった。柑橘は手広くやっていたようだ。いつごろから栽培を始めたのだろうか。

柑橘畑は長者ケ谷いう奥まったところにある。「ふるさと三庄」には次のように記述されている。

―因島ロッジの下の長者ケ谷は三庄三鎮守の一つで室町時代に総と称された各氏族の会合の場だった由で、源平の戦いに敗れた平家の武将、伊賀平内左衛門尉家長(伊賀氏の祖)の一族が暫く隠れていたとの伝説がある。

柑橘畑のあるところをわが家では、「山の神」と呼んでおり、そこに行くことを、「山の神に行く」と言っていた。平家落人伝説と関係があるのだろうか。

因島ロッジ(現在のホテルいんのしま)下のわが家の柑橘畑から、弓削島を眺める。忘れようにも忘れられない光景である。

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