戦争体験記 平和への祈り 小林美喜夫さんが語るシベリア抑留体験【下】

 小林美喜夫さんが軍隊に入営したのは昭和15年4月シベリアの収容所生活から解放されて故国の舞鶴に上陸し、両親と妻に再会したのが22年5月のことであった。その間、7年2カ月間の年月が経っていた。


 奉天で終戦を迎え、武装解除され、ソ連領に連行され、アパカン地区のコムナール収容所に抑留され、伐採作業や町工場での旋盤作業に従事させられた。
 シベリアの生活は過酷であった。半年間で3分の1の約50人の戦友が死んだ。顔も名前も覚える間もなかったという。
 しかし小林さんは生き残った。著書のなかでそのことについて次のように振り返っている。

―この様に粗食に耐えて成長してきた私には、何ひとつ嫌いな物は有りませんでした。おかげで敗戦後にシベリアでの抑留生活では食事らしい食べ物も充分に食べずに過酷な労働を強いられた一年八ヶ月の間に、他の者は体重が五キロ減った、俺は十キロ減ったと言いながら次々死んでいったのに、私はみんなと同じ物を食べて同じ重労働していても徴兵検査の時の六十三キログラムの体重を維持して来られたのも今になって考えて見れば、貧しい生い立ちが有った為であろうかと思って感謝しております。

 さらに旋盤技術を修得していたことが、小林さんを救った。

―伐採作業に代って電柱の穴掘りに行って帰ってラーゲリの二階に有る自分の部屋に上るにも、階段の途中で二、三度も休まなければならない程に弱って居た頃でした。「一部の者が村に一箇所しか無い国営の工場に通って居るが、其の中の旋盤工の技術が拙くて、充分に仕事が消化出来ないので、代りに勝れた旋盤工をだせ」ということを聞いたのです。

 その作業は、大阪の工場で多種多様な仕事をした経験を持つ小林さんにとっては容易な作業だった。体力も次第に回復し命拾いした。小林さんは帰国した翌日旋盤技術の師である高崎朝光氏宅を訪れたという。

シベリアから持ち帰った雑のうと水筒(支給品)。前に並んでいるのは収容所で小林さんが白樺の木を削って作った松竹梅の杯とさじ大小二つ。

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