追憶 ~甦る日々【11】二章 居場所探し
大学に入学して一年経つと自ずと変化したものがあった。卒業とともに先輩が退寮し、私の部屋はひとりになったのである。その先輩の庇護のもとにあった私は、いやがうえにも独り立ちを迫られた。たとえば、街に酒を飲みに行くのも自腹であらねばならない。
同時に先輩の退寮によって、解放感を得ることにもなった。先輩は実に面倒見がよく、まるで兄貴のような存在であった。しかし、そうであるということは、ある種の「束縛」を伴うものだ。部屋にしてもそうだ。入寮しての一年間は、先輩が住みつづけた部屋に私が居候したような感じであった。
部屋にやってくる者は、すべて先輩の関係者であり、私を訪ねてくる者は、一人もいない。こうして、寮内に私の友人はできないままになっていた。
同居の先輩がいなくなって寂しくはあったが、ひとりでの生活は気楽であるとも言えた。そうした私の部屋に前触れもなくやってきたのが、高杉だった。彼は同期で、私と同じ教育学部に属し、小学校の教師をめざしていた。また同じ寮に住んでいた。
高杉の訪問は意外だった。同じ寮に居るのであるから、食堂や寮集会などで顔を合わせ、簡単な会話を交したことがあったが、ふたりはそんなに親しくはなかった。
「入っていい?」と高杉の問いに私は、「いいよ!」と明るく答えた。同じ学年の寮生が部屋にやってくることが新鮮だったのだ。
高杉は私に尋ねた。
「寮の生活はどう。」
「うーん、あまり楽しくないね。」
私は率直な感想を告げた。大学にも馴れてきた私には、寮や寮生の雰囲気に物足りなさを感じ始めていたからだ。高杉も同様の感想を持っていた。
その後も何度も彼は、私の部屋にやってきた。彼は私とふたりきりの時間を欲しがり、そのためには彼の部屋では都合が悪かったようだ。会話の内容は、教育のこと、社会のことにも及んだ。
彼の前では素直になれた。同じチューター(クラス)の学生や寮の同室の先輩の場合とは大きく違った。高杉と話す時は、話を合わせたり、遠慮したりする必要がなかったのである。こうした経験は、私の内面に確実に変化の兆しをもたらした。
英語の講義が終わった時、親しくしていた学生が私にある依頼をしてきた。彼は教養部の学生自治会のクラス委員を二期にわたって務めており、「もう疲れたから、委員を代わってくれ」と言ってきたのだ。
学生自治会は全員加盟制で会員数は3,000にも及んだ。評議員と呼ばれるクラス委員は、各学部学科から選出され、全部でおよそ60人いた。評議委員会は、執行委員会を選挙で選んだり、自治会の基本方針を決めたりする重要な機関であった。
私は、委員を代わってくれとの頼みを、「自治会の手伝いはできないが、クラスをまとめるというぐらいならやってもいいよ」と言って承諾した。ここでいうクラスとは、同じ学科の必須の英語の講義を受けるおよそ50人の学生たちのことである。
この英語の講義は、読本と文法で週2回あった。学生たちは他の科目の講義をバラバラに受ける関係で、せめて一緒になる講義を生かして交流を深めようという気運があった。そのまとめ役を私が買ってでたのである。
(青木忠)
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