続・井伏鱒二と「因島」余録【1】昭和六年 土井家弔問から
ご厚意により、「続・井伏鱒二と『因島』」と題して第1197号より第1227号まで連載させていただいた。ところで、昭和6年に井伏鱒二が林芙美子とともに土井家を弔問したことについて、書き漏らしたことを記録しておきたい。
昭和6年4月28日、井伏は芙美子と尾道商業会議所で行われた文芸講演会に参加する。これは芙美子からの誘いによるもので、他の参加者は横山美智子。当初、芙美子は小林秀雄を参加させようと井伏を通して依頼したが、小林に断られ、その代役として横山美智子が参加した。このことは井伏の「二つの像」(「井伏鱒二全集第15巻」)に描かれている。
その翌日の29日、井伏は芙美子とともに三庄の土井家を訪れた。目的は、この年の2月に亡くなった土井家の長男春二氏の展墓のためである。
本誌第1207号で「図説・井伏鱒二―その人と作品の全貌―」(涌田佑著 有峰書店新社66頁)より引用した、土井冨久江氏の面談筆録を再度取り上げる。
私に春二という兄がおりまして、これは福山中学に学びましたから、井伏さんの後輩ということになります。兄は、福山中学から、東京の日本医大に進みましたので、東京時代には井伏さんのお宅にも時々は参上していたとのことです。なかなかの文学青年だったそうですから、お話を伺うのが楽しみだったのでしょう。しかし、その兄も、医大四年の時、病気になり、東京で亡くなったのです。昭和6年の2月のことでございました。井伏さんはその後、この兄のお墓参りに因島を訪れて下さったことがございます。ちょうど林芙美子さんとご一緒にいらして下さいましたので、お二人の記念の書が残されています。
井伏は「あゝこの不幸には屈托のないように 井伏鱒二」と記し、芙美子は「海を見て 島を見て 只呆然と 魚のごとく あそびたき願ひ 四月廿九日 林芙美子」としたためた。
ところで、因島公園内の「つれしおの石ぶみ」の中にこの時の芙美子の書が碑として残されている。しかし、井伏の碑は残されていない。恐らく、井伏の書の内容が碑文にするには適さないと判断されたためではないかと想像されるが、この件についてご存じの方はご教示願いたい。
(石田博彦)
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