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北米紙幣になった日本女性キミコオカノムラカミ

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【20】

終章(二) 2006年、トロントの映画製作者スーザンポイズナー氏は、北米大陸のカナダの歴史がイギリス人とフランス人の話のみで語ることができるという神話を払拭するためのドキュメンタリー「マザータン(母国語)」の試みであった …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【19】

終章(一) 娘のメアリーの話は続きます。 「注目されるカナダ人女性」の肖像写真の中でキミコは自分の農園で育てた”ひょうたん”を背景に収まっており、その被写体であるキミコの強さや個性がよく表れた写真 …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【18】

人種差別と偏見 この家族は戦前、戦後を通して繁栄していた日系人の遺物である墓石まで盗まれてゴミ捨て場になっていた日系人の墓地を再現しながらソルト・スプリング島で生き残ることを諦めませんでした。人種差別と偏見はオカノ・ムラ …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【17】

戦争が終ったら、父母が夢と希望を抱いて日本から移民して来た北米カナダのブリティッシュコロンビアのソルトスプリング島に戻る計画を立てていたオカノ・ムラカミファミリーは厳しい現実に直面します。戦後4年を経過して戦時中の規制が …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【16】

人種差別と偏見 勝てば官軍負ければ賊軍…とか火事場泥棒ということわざがあるように戦後しばらくは各国とも秩序が乱れていたが、それも徐々に正常化されてきました。なにしろ一夜にして連合軍捕虜が戦勝国の兵士となり主従の立場が逆転 …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【15】

敗戦国日系2世の解放 日本が連合国軍の占領下にあった1952年(昭和27年)4月27日までの新聞紙上では9月2日を"降伏の日"とか"降伏記念日""敗戦記念日"と …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【14】

世界大戦も大詰めに迫り日系カナダ人に二者択一の選択が与えられました。それは「日本を敵国として戦うか」あるいは「ロッキー山脈を越えて東側に移動するか」という内容です。

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【13】

日系カナダ人の選択 吹き晒しのぼろ小屋で風雪をしのいだ雪溶けのスロカン湖端のローズベリーにいた間にキミコ・カツヨリの一家にとって信じられない話を耳にします。

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【12】

悪夢の激動の昭和 5月1日、キミコと子どもたちは他の日系人と一緒に電車でグリーンウッドに連行されます。そして汚い季節労働者用の小さな小屋に収容されました。子どもたちは母キミコを信じ不安に耐えていましたが、父カツヨリの消息 …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【11】

開戦と日系移民の迫害 キミコとカツヨリが結婚。カナダに移住して15年。二人は農場経営に成功。労務者や五人の子どもたちの世話を助けてくれる女性をバンクーバーから雇うまでになりました。

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【10】

62代エンペラーの末裔― ムラカミ・カツヨリの本家筋に当たる因島重井町の農業、村上安弘氏(84)=経済学博士、元市議会議長=は「彼は裕福な家の生まれだったことに違いない。5人兄弟の4番目。身体の大きな好男子で冠婚葬祭など …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【9】

重井の村上家と結婚 キミコ・オカノ=と妹サヨコの里帰りは10年ぶり。大正デモクラシーの影響を少なからず受けていた因島の田熊村民の目に映ったカナダ帰りのモダンガールに話題が集まったようだが「なにしろ昔の話で―」と、言葉少な …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【8】

物語りは明治時代から一足飛びに大正―昭和へと移り変わっていくのでご容赦願いたい。江戸時代が終って欧米列強のせめぎあいのただ中にあった日本という、まことに小さい国が力も広さも10倍も違うロシアと戦って近代日本の青春期を迎え …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【7】

カナダの両親と再会 日本に残されたという父母への恨みと慕う心を押えながらの6年余はキミコの幼少期に”忍耐”という精神力を培われた。

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【6】

日本の神々に守られて このころ(1910年)の日本は明治維新により”西洋かぶれ”の傾向が強く”洋服”を来て帰郷したキミコは村の子どもたちからうらやましがられました。祖母に当 …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【5】

これまでのあらすじ― 1904年(明治37年)日系カナダ人として生まれたキミコは5歳のころからソルト・スプリング島からバンクーバーまでの運河をオカノ家が所有する大きな魚売り漁船を運転。船を埠頭に着岸する時だけ父親のクマノ …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【4】

島を訪れると、ここに住む人々の温かさ、地域社会のなかでの信頼、助け合って生活している姿勢は観光客にも伝わっているようです。もともと環境保護への意識が高いカナダですが、なかでもソルトスプリング島は農地や保護管理地が多く建築 …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【3】

彼女の晩年は、カナダの前ブリティッシュコロンビア州知事だったWACベネット氏や放送界の伝説的人物ジャックウェブスター氏の友人でした。彼らはキミコを高く評価していたこともあって両氏は定期的にソルトスプリング島の自宅を訪れて …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【2】

全国一の「移民県」 全国一といわれた「移民県」の広島県人はハワイに始まって1890年代に入ると太平洋沿岸に面したカナダBC州へと広がった。日系カナダ人の大半は森林伐採や鉄道建設などで働いているが、なかには製材所を設立して …

北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【1】

昨年の12月14日、東京在住の塩路憲雄さんからメールが届いた。塩路さんは昭和37年4月、日立造船因島工場に入社、通算10余年を過し家族にとっても因島が第2の故郷となっているそうです。

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