新藤監督と殿山泰司 ふたりの縁がとりもつ瀬戸田・因島・尾道 乙羽信子さんに鏡浦町が沸く

殿山泰司日本映画界の名脇役である殿山泰司さん=写真=の父・信雄さんは瀬戸田町の出身である。現在ここは八代目の殿山辰夫さんの妻・孝枝さんが守っている。泰司さんも昭和52年10月、墓参りに瀬戸田町に帰ってきている。因島土生町には、辰夫さんの妹・髙本洋子さん(旧姓・殿山)が住んでいる。洋子さんは泰司さんとまたいとこになる。

兄から泰司さんのことをよく聞いたと話す洋子さんの懐かしい思い出は、佐木島の「裸の島」撮影現場を訪れた時である。辰夫さんの妹である洋子さんに、泰司さんは懐かしそうな表情をして「すまん、わるかったなあ」と言葉をかけたという。

殿山泰司さんが亡くなったのは平成元年。同2年に新藤兼人監督は映画「ドンマイ」の撮影のために桃井かおりさんや乙羽信子さんらと瀬戸田・因島にやってきた。そのころ新藤監督と泰司さんの愛人・井畑すず江さんの弟が、墓をつくるために必要な家紋を写しに実家を訪れたという。

平成11年5月に新藤監督は、映画「三文役者」のロケのために主演の竹中直人さんと荻野目慶子さんらと瀬戸田町林の実家を訪れた座敷で親族をふくめて泰司さんの思い出話に花が咲いた。

洋子さんのご主人である髙本豊さんは、会話の内容の一部を披露してくれた。新藤監督は、イメージとして宇野重吉を暗、殿山泰司を明とし、宇野を日本海、殿山を瀬戸内海に例えたという。

新藤監督は目立たない人で、このとき瀬戸田港で出迎えた人が気付かないまま監督ひとりがタクシーに乗って先に着いたというエピソードも残っている。

次姉の法事で乙羽信子さんに鏡浦町が沸く

新藤兼人監督は著書「小さな窓から」(朝日新聞社)のなかで因島鏡浦町を訪れたときの話と尾道での自転車屋時代のことを書きしるしている。

新藤監督と乙羽信子さんら4人が昭和60年11月、監督の次姉・春子さんの法事のために鏡浦町の夫・岩本作三郎さん宅を訪れた。乙羽さんと一緒ということもあって町はちょっとした騒動になった。

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乙羽信子さんと一緒に

次姉の春子さんは看護婦で、尾道の病院などで働きながら映画の道に進んだ新藤監督を支えたという。現在、鏡浦町には作三郎さんの妹である岩本シマエさん(81)がお住まいである。シマエさんは、作三郎夫妻について「義姉さんとは尾道で会ったが、優しい人だった。新藤さんのことは兄からよく聞いた」と当時の思い出を話してくれた。

さらに新藤監督は、映画の道に進むことに目覚めて決心した尾道での自転車屋時代について次のように書いている。

―兄は、何をやってもかまわないが自分の責任でやれ、と言い、京都へ行ってもたやすく映画会社にははいれないだろう、そのときどうする、はやる私に水をさした。私は兄のいうことをきいて、資金稼ぎに自転車卸商で一年半働いた。仕事は瀬戸内の島から島へ渡って集金することで楽だった。「自転車でよう三庄町を走りました」と監督は語ったという話が残っている。

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