続・井伏鱒二と「因島」余録【2】昭和六年 土井家弔問から

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芙美子、井伏の二人の土井家弔問が二人の個人全集の年譜でどう扱われているか、大変面白い。『井伏鱒二全集 別巻二』(筑摩書房、2000年3月25日)には、井伏の昭和6年の動静について次のように記されている。

一月一日、『新潮』が「小特集・新作家のプロフィール井伏鱒二を語る」という井伏特集を組む。

二月一日、「丹下氏邸」を『改造』に発表。

四月十七日から六月十日まで、「仕事部屋」を『都新聞』に連載。初めての新聞連載小説となる。

四月二十八日、林芙美子の誘いを受けて尾道を訪れ、尾道商業会議所で開かれた文芸講演会に参加する。井伏鱒二「チェホフを語る」、林芙美子「彼女たちへ」、横山美智子「人生と芸術」。

翌二十九日、林芙美子と瀬戸内の因島に渡り、三ノ庄の土井浦二宅を訪れて同家の跡取り息子の展墓を果たす。かつて早稲田を休学して憂悶の日々を送った折に、当地で止宿先を提供してくれた土井医院の長男春二が、この年二月、日本医大在学中に病没したためである。

七月十五日、十六日、「森(月)外氏に詫びる件」を『東京朝日新聞』に発表。

八月五日、『仕事部屋』を春陽堂より刊行。

九月一日、「川沿ひの実写風景」(「川」の一部)を『文芸春秋』に発表。ついで、翌五月一日まで、諸題で各誌に分載。以後、こうした分載による中、長編の発表形態が井伏固有の方式となる。

九月一日、『作品』が「「仕事部屋」誌上出版記念会」という井伏特集を組む。

十月一日、「病気」を牧野信一の主宰する文芸誌『文科』創刊号に発表。

と詳細に文芸講演会はもとより、翌日の土井家弔問まで記述している。

更に、4月29日の註として次のように解説している。

井伏が、唐詩選の于武陵「勧酒」を訳出する際に、「人生足別離」を「「サヨナラ」ダケガ人生ダ」としたのは、この時の因島行における林芙美子の発言を踏まえたからだと述べている。

やがて島に左様ならして帰るとき、林さんを見送る人や私を見送る人が十人足らず岸壁に来て、その人たちは船が出発の汽笛を鳴らすと「左様なら左様なら」と 手を振つた。林さんも頻りに手を振つてゐたが、いきなり船室に駆けこんで、「人生は左様ならだけね」と云ふと同時に泣き伏した。そのせりふと云ひ挙動と云ひ、 見てゐて照れくさくなつて来た。何とも嫌だと思つた。しかし後になつて私は于武 陵「勧酒」といふ漢詩を訳す際、「人生足別離」を「サヨナラダケガ人生ダ」と和 訳した。無論、林さんのせりふを意識してゐたわけである。(「因島半歳記」)

と「因島半歳記」までも引用しながら詳述している。

(石田博彦)

『井伏鱒二全集 別巻二』(筑摩書房、2000年3月25日)

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