上原謙の写真身につけ似ていると言わせたき老このごろ見えず

掲載号 04年10月30日号

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矢野 五月

 「わしは若い頃は映画俳優の上原謙に似ていると言われたもんだよ」、と自慢していた老人がこの頃顔を見せなくなったのでちょっと心配になったと言う歌である。上原謙に似ているのであれば、顔に自信のある人かそれとも、お追従に「そう言えば上原謙に似ている鼻すじの通ったところがね」。二、三人の人に言われたのかも知れない。人間は褒められるといい気持になるが他人の褒め言葉は、八割引きくらいが適当だろう。

 上原謙という俳優(タレント)は、八十歳前後の方であれば誰でも知っていた男優の一人である。世の中の多くの人の中には「佐分利信」の方が男前だという人もいたが、それは好きずきであって何とも言えない。背が高く、目元すずしく、鼻すじ通り、口元引きしまりというと、いかにも男前にもとれるが、まあ平均的な美男子ではあった。

 上原謙と言えば、まず思い出すのが、昭和十二年~十三年に当時の婦人倶楽部の紙上に連載されていた小説「愛染かつら」(川口松太郎原作)が映画化され、主演女優であった「田中絹代」(高石かつ枝)の相手役として抜擢されたのが上原謙(津村医師)の好青年振りに、日本全国の若い女性たちの憧景(あこがれ)の的であった。

 時は昭和十三年の戦時下であって、恋愛映画としては非常時下ではぎりぎりの内容をもった映画と記憶する。中国戦線におもむく青年医師(津村)と白衣の看護婦との悲しいドラマチックな画面のなりゆきには、涙なしでは見られないという映画であった。当時は楽しみも少なく、同じ映画を二度も三度も涙を流しながら見たものだった。

(執筆者・池田友幸

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