燃えさかる炎に包まる戦友を屍(しかばね)衛兵となりて見さだむ

掲載号 06年07月01日号

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村井 計巳

 ここで言っている衛兵とは、旧日本軍隊内で使われていた、守備、警備、番人のことで、軍隊内部の規律維持にも使われていた。

 誰でも一たび戦場に出れば皆な明日はわからぬいのちである。召集兵として入隊以来、南支・中支戦線を任務のためとは言いながら、昨日の日まで労苦を分けあって来た戦友を、いま眼の前で荼毘(だび)に付すのである。何のめぐり合わせか、いままた燃えさかる火炎の中の屍衛兵(番人)を私がやることになろうとは。旧軍隊の中は外部から見ると何もかも異常ではあった。中国大陸の野に戦友の塚穴を掘り、焼き、灰になるまでを銃を所持して見とどけるのである。いま思えば嘘のような話だが、大陸での戦没者の中には敵弾に倒れるものばかりでなく、衛生条件も悪く病死者も多かったと聞く。

 この歌の中には、自分の感情を押えて、ありのままを冷静に述べている。目の前の炎の中に「ガサッ」という音を立てて死者が崩れるのだと言われ、その時の気持を次のように述べておられた。

 「思わず身震いがして来て、わしはまだ生きておるのか、さいなら、さいならと言う声がして大阪人らしい戦友じゃったのう。今でもわしの耳の底にある。」

 昨年は、戦後60年経って還暦年と言われ、日本の各地でそのイベントがやられていた。昭和12年7月7日の廬溝橋事件を発端に、非情な、また無謀な戦争に突入した。その多くの体験者、語りべたち(大正・昭和一桁生れ)も年を経るごとに少なくなってきているとき、このような臨場感の伝わって来る歌は歴史の証言者である。

(池田友幸)

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