寒仕込み酒造り 春を誘(いざな)う芳醇の集い 酒蔵開放25日新酒祭り

掲載号 06年02月18日号

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0602160002.jpg 創業80余年という因島田熊町の備南酒造(有)=藤本久子社長・蔵元=は、今年も伝統にこだわる寒仕込み酒造りの槽搾(ふねしぼり)の工程に入っている。ピーンと張り詰めた神聖な酒蔵の中は、しんとして芳醇な香りが漂っている。

 槽というのはヒノキ造りの木枠の箱。この中に仕込みタンクで熟成した乳白色の醪(もろみ)を袋詰めにして積み上げると、ほどよく酒粕をしぼり取りながら原酒が流れ落ちる。

 この搾り立ての原酒を槽口(ふなくち)というが、この言葉には、そうした風情のなかに香りがただよってくるような語感がある。

 かつて因島市にあった7軒の酒造会社も、いまはここだけになった。槽搾りも県内の酒蔵では、ほとんど見なくなった。そして巨大なアコーディオンふうの自動圧搾機から新酒が生まれており、いささか詩情にかけるが、これも時代の流れ。

 25日(土)夜には、槽から流れる新酒の音に耳をそば立て、芳醇な香りを賞でながら至福のひと時を味わう酒好きな左党が集まる。

 一年中で一番寒い季節に朝早く酒米を蒸し、ひんやりとした酒蔵にひろげてさましたあと、室内30度の麹室(こうじむろ)に移して酵母菌を植えつける。厳寒の汗だくの手作業である。

 酒米にからまれた酵母菌の活動が始まると別棟の厚い土壁の仕込み庫のタンクに移される。醗酵をはじめ糖分を分解してアルコールと二酸化炭素を発生しはじめると工程のなかで一日中油断できない期間である。

 室温を気遣って夜中も2時間おきに酵母菌のご機嫌をうかがい温度調整。出産したばかりの乳児をはぐくむ心境と変わりない。暖冬の年もあれば厳寒もある。今年は、寒さが幸いして「香り、のどごしとも上々のできばえ」と蔵元が蔵人たちの苦労をねぎらう。

写真はピーンと張りつめた酒蔵で槽搾り作業。

傍目八目

 一品一芸を持ち寄って酒蔵を一般開放昔ながらの手造りの「地酒」を楽しもうという試みで始まった因島田熊町備南酒造(有)藤本久子社長とボランティアグループが主催する「新酒祭り」が今年も近づいてきた。因島の春の訪れを告げる「隠れたイベント」として定着、いつの間にか15回目を迎えた。

 ことのおこりは、ワインの新酒ボンジョレー・ヌーヴォーがあるのだから日本酒の新酒祭りがあっていいはずだ、と、誰ともなく左党が集まって企画を練りはじめた。「神聖な酒蔵を一般に無料開放します」と、全国に向け発信した。手ごたえはあった。当時としては画期的なことだった。出演者は旅費交通費無料参加だが酒蔵の音響効果に心をうばわれた。

 現在、酒造りは自動化され槽搾(ふねしぼ)りは見られなくなった。檜造りの箱に木綿の袋に包まれたもろみを積み上げ自然の重さで木枠の底から流れ出る新酒を槽口(ふなくち)と言われる。この言葉にはそうした風情が匂い立ってくるような語感がある。

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