在りし日の父の常宿「長命館」窓越しに見て温泉津(ゆのつ)の町過ぐ

掲載号 05年01月22日号

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藤原野栖枝

 温泉津(ゆのつ)という町は、山陰地方の海辺の温泉郷としては昔からある名湯の一つと聞く。日本人は総じて温泉好き風呂好きであって、季節々々には一週間、一か月の長逼留をする客もすくなくない。この歌の中にある「常宿」とは、いわゆる一年に何度か行く行きつけの宿のことである。何かの農業・漁などの仕事に関わっている人達がちょっとの暇を見つけて、日頃の疲れを癒やす場所としての温泉宿である。

長命館

 「長命館」という旅館名は、いかにも高齢者むけ、あるいは湯治客むきの名前である。生前の父が、年に一回か二回留守を頼むよといいながらいそいそと出かけていた父の若かった日々が思い出されて来た。

 作者は、家族ぐるみかあるいは友人たちと一緒であったのか、この温泉津町の「長命館」の近くをはからずも通りかかったのであろう。「ああ、この旅館が父がよく泊まっていた長命館なのか。」格子戸の古風な構え、ひと目でわかる立て看板。車の通りから少し入りこんでおり、家の前には白い車が二台止めてあったようだ。はじめて見る父の行きつけであった旅館を見ながら同席の人に語るよりも、自分の心の中に呑み込んでしまっていつか追憶の中に浸っている自分を見つけていたのである。

 島根県は広島県と違って温かい湯の湧き出る温泉郷がたくさんある。道路地図に出ている数でも二十数か所ある。とくに温泉津の湯は千三百年くらい前に発見されており、大森銀山が天領ということから、手厚い保護を受けており、町の家の造りもしっかりとしており今にその面影を残しているようだ。

(池田 友幸)

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