電線通り

瀬戸田の電線通り

あまり物覚えがよくないから
勝手に地名をつけることがあるのね。
ここは電線が多く見えるから「電線通り」
海岸の道路よりひとつ内側の道。
瀬戸田高校よりも西側、
B&Gよりも少し西側。


ひねりがないでしょ?
だからすぐわかるよ。
日が落ちるときに、西向いて通ったらもっと簡単にね。
夕暮れ時、地表の全てのものが
黒一色のかたまりになっていって・・・
そんな黒い大地とオレンジと青い色した空との境目で
電線が存在を増していく、そんな時間だったよ。
あなたからの暖かいメールが届いたのは。
嬉しくって、かじかむ手で急いで返事を打ち込んでたら
一番星を見たこと伝えるの忘れてたよ。

筆者紹介

おんぞう
おんぞう
生口島にある瀬戸田町は私にとって「育ちの故郷」です。島を離れて以降、この島はただ帰省をするだけの所だったのですが、いざ戻ってみると、あらためてこの育った島のことについて知ることの多さに気づかされました。

五月の半ばにはみかんの花のかおりが島をつつむこと。
潮の満ち引きで流れが変わること。
天の川を見ることができること。
燧灘のむこうの香川のほうまで一望できる山があるということ。
空がこんなに広かったということ。
自然は季節のうつろいの中で様々なことを教えてくれます。

時には忘れていたあたりまえのことに気づかされてみたりもします。都会のように刺激的なものではありませんが、自然は嬉しいときにも哀しいときにも心にゆるやかに染み入るように語りかけてくれます。 時々、光と風、海と島が作り出す色彩を見ながらぼんやりしたり考えこんでみたり・・・。

今は、「育ちの故郷」であるのにもかかわらず、 懐かしさと初めて経験する新鮮さが入り混じった不思議な気分を楽しみながら過ごしています。違う場所での生活が長かったせいか、客観的にそう思える部分もあるのかもしれませんね。

ここでは私が瀬戸田で過ごす日常から思うことや感じたことを自由気ままに書いていけたらと思っております。

略歴

本名・藤田れお。信州大学卒。三協精機製作所株式会社(現日本電産サンキョー)に生産技術職として新製品の生産準備、合理化改善、ISO14000部門事務局を担当。退社後、国内やヨーロッパを旅して歩き2004年より瀬戸田在住。瀬戸田では、ちょこちょことイベントに参加させてもらってます。

古きを温め、新しきを創る。 Onzo(おんぞう)はこの温故創新(おんこそうしん)を略してみました。

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