炎天に筒葉となれる柑樹の陰気化されそうな男がひとり

掲載号 04年08月21日号

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小林 基美

 黙っていようと思っていてもつい「うん暑いね」、と口を漏れそうな夏である。毎年のように気象観測がはじまって以来の記録的な暑さの真夏日だと言われているように厳しい夏の到来である。

 歌意は、炎天続きのためにミカン木の葉も舞い上がり葉先が筒状になっているその木の陰に一人の男(農耕者)が一休みしながら音(ね)をあげているところである。真夏の農作業の一つのミカンの摘果作業である。いわゆる品質管理のための間引き作業である。この作業はミカンの生産者にとってはもっともつらい仕事である。七月、八月、九月と夏の真盛りを何度も何度もする作業であって、暑いからと言って手抜きをすればするほどに、秋の収獲は規格外れの屑物が多くなる。

 作者は摘果作業を朝のしのぎよい時間にとはじめはしたが、もう少しもう少しと思いながら、昼近くなり一と休みしているところだろうか、「こう暑うてはやれんのう、あまりの熱気に体の水分が蒸発しそうじゃ」とひとりごとを言っているのだろう。いくら暑いからと言っても人間の体が水蒸気になるわけでもないが、記録的な暑さの炎天下の作業がどれほどに厳しいかを気化されそう、と比喩(ひゆ)的に述べている。男が一人とは作者自身である。柑樹(かんじゅ)とはミカンの木を短歌用語として漢熟語にしており、筒葉も水分の蒸発を防ぐために、ミカンの葉が自然に葉を巻きこんだ状態を言っているのである。

 木陰で一休みしながら、「ええ実が成りゃあええがのう、欲も得ものうなる暑さじゃあー」、と持参の冷茶をごくどく咽(のど)を鳴らしながら飲みほしている。

(執筆者・池田友幸

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