しまなみの将来像見えぬ合併協議 法定協ボイコットの理由めぐり 瀬戸田の委員と住民団体が対立
掲載号 04年05月29日号
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因島市と豊田郡瀬戸田町が住民投票の結果で両市町長が調印して発足した合併法定協議会が瀬戸田町側委員のボイコットで3月末から中断、2カ月も機能を麻痺している。
その理由の一つに昨年夏の住民投票前に瀬戸田の「合併を考える会」が町内に配った意見広告に誤りがあるので謝罪や訂正広告の配布を求めた。
その訴えを受けた合併協会長の村上和弘因島市長は「瀬戸田町の問題なので関係者で話し合い解決してほしい」と回答した。
これを受けて、瀬戸田町の合併法定協委員と住民団体「合併を考える会」の代表者、前田嘉治さんが23日夜、町民会館で話し合ったが記述については双方の見解の違いもあって平行線。
「住民投票の民意を尊重して合併協議のテーブルについてもらいたい」と住民代表の前田さんは要望。
法定協の副会長である柴田大三郎瀬戸田町長は「民意は尊重するが、意見広告が住民投票に与えた影響について問題があったという疑いを払しょくできない」と言語明瞭、意味不明の訴えだったという。
非公開であったが、つまりは意見広告で住民投票を有利にする内容を記載したので住民投票結果に疑いがあり認めたくないという委員の共通認識のようだ。
もっとも、投票結果の判断を下すのは町選挙管理委員会の権限で、不服があれば14日以内に申し出ればいいわけで、住民団体に文句を言うのは筋違い。
なんだったのか法定協議書調印
因島と瀬戸田の合併協が発足したのは昨年10月20日瀬戸田町役場で村上市長と柴田町長が協議書に押印。満面笑みを浮かべカメラに向ってポーズをとり握手を交わした。

この後、記者団と交わしたコメントは、因島か三原広域かで激しく争った瀬戸田町に配慮した村上市長が「迷った人、苦しんだ人もいる。そうした人の思いを大切に島が豊かで住みよくなるように取り組みたい」と強調。
柴田町長は「独自の瀬戸田町民自治組織、文化や芸術など築き上げたものを保持、発展させることが可能かを考えていきたい」と合併ありきではなく協議の中身で判断する意向を示した。
両市町は新設合併(対等合併条件)で合意、法定協で2004年(今年)10月に新市建設計画を策定、合併特例法期限の2005年3月末までの合併を目指す―というのが当初のスケジュールだった。
その翌日には柴田町長が三原市の五藤康之市長を訪れ三原グループの合併参加の意向を断った。これで、因島と瀬戸田は尾道・三原との合併に乗り遅れたと認識するのが賢明だろう。
ところが、3月の瀬戸田町議会は因島市との合併協議会の負担金を新年度当初予算案から全額削除。4月9日には同議会が因島市との法定協離脱を決議するという住民不在の暴挙に出た。
法的に効力のない町会議員の実力行使だが、三原・尾道から敬遠され、因島ともいやだというのなら単独町制で残るしかない。
広島県の判断は「財政的に無理」と即断する。町の財政状況が火の車だということを一番よく知っているのは町長、町議そして役場の職員である。
住民投票結果による民意は尊重するといいながら、することは民意に逆行、どれをとっても住民は理解に苦しみ不安がつのるばかりである。住民参加の合併論議を公開で開く責任があることを忘れないで欲しい。
(村上幹郎)
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