ブラジルに生きて50年【3】重井町出身実業家 村上佳和さん(65)ことじさん(62)

掲載号 06年07月01日号

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 ブラジルに慣れてくるにつれて、独立への模索が始まった。現地の県人会に頼んで実現した奥地旅行はその第一歩だった。

 北パラナ州で2週間の綿花づくり。働いて飯を食わせてもらった。つづいて西パラナ州で10日間、コーヒー園で働いた。その後、州都クリチーバに移り、2週間の野菜づくり。約50日間の旅行を終え、州の北部のマリンガに職を求めた。

サンパウロ周辺のコーヒー農園
サンパウロ周辺のコーヒー農園

 トウモロコシ、豆、雑穀などの農産物仲買商に雇われた。仕事は袋かつぎから始まった。やがて8トントラックを使い、支店で買い集めた物を本店に運ぶ作業に従事。1年半が経つとパトロン(雇い主)から独立のサインがもらえた。

 独立後に手がけた事業が当たった。豆、米などを入れるドンゴロスにあいた穴をミシンで縫って修繕し、仲買商に渡すのだ。その数は半端ではなく、20万から30万俵というものだ。家が5、6軒は買える資金ができた。そしていよいよサンパウロに出て小さいが一軒の店を出すことになった。

 ところで佳和さんはこの頃、ことじさんに出会う。両者をよく知る広島市の企業家の計らいで写真による見合い。佳和さんは写真を見て「かわいいなあ」と思った。「この人、男前だわ」と素直に感じたことじさん。若い2人の一年半の文通が始まった。

(次号に続く)

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村上佳和さん・ことじさんご夫妻(因島重井町みつばちにて)

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