東京支部支部 大藪猛記
 便りは活きのいい、楽しい小話で綴りたいが、今回は悲しい知らせから書き始める羽目になった。副支部長の村上重美君(昭32卒)の訃報である。昨夏オペをし快復は当然と思っていたが、暮れも押し詰まって“まさか”の永眠だった。
 日本新聞協会に勤める現役であったが、支部にとっても大きな損失、惜しい人材を失ってしまった。議論を過不足なく整理して理路整然と、かつ多くが納得する結論へ運ぶ名手。そして、あの座を包み込む笑顔。東京総会の会場設営の大枠作りも常に彼と事務局長の巻幡君の努力だった。彼の冥福を祈りつつ、その穴は埋めねばならない。
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ありし日の村上重美さん

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 昨年11月、33年度卒が集まった時、横浜関内の散策をやろうと言う事になった。幹事は岡野菊市君、それに私(大藪)だ。
 決まったのは早かったのだが、実際に動き始めたのは3月に入ってからだった。準備と言っても、殊更用意するものは無かったが、多少の紆余曲折があり、当日を迎えた。
 前夜、頼むから晴れてくれ、雨よ降らないでくれと真剣に祈った。まー幼い頃の遠足の心境である。当日は快晴であったが風は多少あった。残り少なくなった頭髪をたなびかす程度であった。
 15名が集まった。もっと参加の筈であったが、これは幹事の不手際である。卒業以来初めての女性も2名いた。散策は無事終った。夕食は山下公園前のメルパルグである。2時間の会食だったが如何にも名残惜しい。別れの時は何時も寂しい。全員がそのような感じであった。また、直ぐ集まる企画を立てようと思った。
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横浜散策(昭33卒同期生)