2018年1月13日 / 最終更新日 : 2018年1月20日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【70】岩城八幡山城跡(愛媛県上島町岩城) 岩城八幡山城跡(愛媛県上島町岩城) 因島総合支所の沖合にある亀島は竹島とも呼ばれ、竹島城跡のあるところである。そこの城主村上直吉は岩城亀山城主を兼ねていたと言われるので、まず岩城から訪ねてみよう。 岩城島の積善山は因島西 […]
2018年1月6日 / 最終更新日 : 2018年1月13日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【69】百島村上家墓地(尾道市百島町西林寺) 百島村上家墓地(尾道市百島町西林寺) 百島の西林禅寺の裏山に百島村上家の墓地がある。北側の石碑に「當山開基當村茶臼山城主村上高吉墓」と書かれている。さて、その高吉とは誰のことであろうか。 大浜の千人塚がその古事を語る幸崎 […]
2018年1月1日 / 最終更新日 : 2018年1月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【68】百島茶臼山城跡(尾道市百島町) 百島(ももしま)には、細島と同じようなドクターヘリのヘリポートがある=写真上=が、ドクターヘリには乗せてもらえないので、通常の航路で行く。向島の歌港からフェリーが出ている。対岸にある浦崎の戸崎港経由で高速船を使うと便数が […]
2017年12月23日 / 最終更新日 : 2017年12月25日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【67】八重子島(因島大浜町) 八重子島(因島大浜町) 大楠山の頂上を東に進むと大木の隙間から八重子島が見える。 八重子島の近くを因島の二見が浦と呼ぶかどうかは知らないが、とにかくよいところである。満潮時の形もよいが、潮が引くに連れて現れる大小二島の姿 […]
2017年12月16日 / 最終更新日 : 2017年12月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【66】如意輪観音像(因島大浜町大楠山) 如意輪観音像(因島大浜町大楠山) 因島四国八十八か所は明治45年に作られたのだから、その当時の交通事情を反映したものだったに違いない。だから、意外なところを訪ねることになるので、それも楽しい。 大浜町最後の七番十楽寺もそ […]
2017年12月9日 / 最終更新日 : 2021年11月27日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【65】福泉寺(因島大浜町) 福泉寺(因島大浜町) 村上丹後守吉房のゆかりの真言寺院ということで福泉寺を訪ねた。福泉寺に行くには、島四国四番大日寺を目指せばよい。齋島神社の前を少し南に行ったあたりの右方向である。遍路道の道標に従って旧久保田邸の南側の […]
2017年12月2日 / 最終更新日 : 2017年12月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【64】村上家祖先之碑(因島大浜町) 村上家祖先之碑(因島大浜町) 島四国七番十楽寺から八番熊谷寺までは、大楠山の西の峠道がかつての遍路道であった。四番の大日寺から見える山にも峠道がありそうなので、目指した。そこで出会ったのが写真のような村上家の祖先の碑であ […]
2017年11月25日 / 最終更新日 : 2017年11月29日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【63】土居城跡(因島大浜町土居) 土居城跡(因島大浜町土居) 幸崎城跡の他に大楠山の東山麓にある土居城跡も村上丹後守吉房の居城だと言われている。土居というのは住居と砦を兼ねたもので、後に砦が城郭へと発展していくのだが、その初期の段階と考えられるものだから […]
2017年11月18日 / 最終更新日 : 2017年11月18日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【62】幸崎城跡(因島大浜町才崎) 幸崎城跡(因島大浜町才崎) 齋島(いむしま)神社があるところが、幸崎城跡である。村上丹後守吉房の居城である。齋島神社の北のさらに高いところが中心だったと言われているが、そこには芋神様と呼ばれている神社があり、天照大神と月 […]
2017年11月11日 / 最終更新日 : 2017年11月12日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【61】千人塚(因島大浜町) 千人塚(因島大浜町) 大浜の齋島(いむしま)神社から少し北に行くと写真のような供養碑がある。田島、百島の連合軍が大浜幸崎城を攻めてきた時の戦死者の霊を弔ったもので、千人塚と言われている。少し北の入り江が戦場で、元はその近 […]
2017年11月4日 / 最終更新日 : 2017年11月7日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【60】能島村上氏墓地(福山市内海町常楽院) 能島村上氏墓地(福山市内海町常楽院) 田島の天神山城跡の南に能島村上氏の墓地がある。ただし道は別々である。天神山城跡へは山の西側を歩いて登る。墓地へは山の東側の自動車道を南へ登り常楽院という真言宗寺院を目指す。 常楽院を […]
2017年10月28日 / 最終更新日 : 2017年11月2日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【59】田島天神山城跡(福山市内海町田島) 田島天神山城跡(福山市内海町田島) 因島村上氏初代の備中入道吉豊は、正長元年に田島地頭になったので、翌永享元年(1429)に子息四郎吉則を田島へ住ませた。 田島村と横島村は昭和26年以来陸橋で結ばれ、昭和30年に合併して […]
2017年10月21日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【58】細島三十三観音(因島重井町細島) 細島三十三観音(因島重井町細島) 瀬戸内海の多くの島に、島内や地域で完結する四国八十八カ所霊場のミニチュア版があるが、細島には残念ながらない。しかし西国三十三観音のそれがある。細島三十三観音と呼ばれているものである。 そ […]
2017年10月14日 / 最終更新日 : 2020年9月29日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【57】細の洲(因島重井町細島) 細の洲(因島重井町細島) 笠岡から鞆の辺りが瀬戸内海の中心だから、因島近くでは満ち潮は東進し引き潮は西進する。しかし、島にぶつかれば南北に分かれる。干満の程度において出没する岩礁があれば流れはさらに複雑になる。 さて、川 […]
2017年10月7日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【56】荒神社の石塔(因島重井町細島) 荒神社の石塔(因島重井町細島) 除虫菊祭で見た古い写真のうち、五輪塔や一石五輪塔が除虫菊の間にある写真は印象的だった。撮影場所を尋ねたら、フラワーセンターの近くの丘ですよ、ということだった。心当たりのところへ行ってみたが […]
2017年9月30日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【55】南無妙法蓮華経の碑(因島重井町細島) 南無妙法蓮華経の碑(因島重井町細島) 何度か細島へ行ったが、「真界山の細島大明神の碑」というのが見当たらなかった。写真ではかなり大きいので、必ずどこかにあるに違いないとは思った。地元の方に尋ねてもわからないということだっ […]
2017年9月23日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【54】茶臼山城跡(因島重井町細島) 茶臼山城跡(因島重井町細島) 因島村上氏六代吉充が向島余崎城から本城を重井の青木城に移した時、近くにある小細島(こぼそじま)と細島(ほそじま)は気になったことだろう。防御の面からは無視できない。細島に砦を置くことは当然だ […]
2017年9月9日 / 最終更新日 : 2017年10月1日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【53】遠見山(因島重井町竜王山) 遠見山(因島重井町竜王山) 重井町片山の天秀庵城跡は「ごんげんさん」(権現山、竜王山)の北麓にある。ごんげんさんは「かんのんさん」(白滝山)と向かい合っているがやや高く、重井では一番高い山ということになる。 その権現山に […]
2017年9月2日 / 最終更新日 : 2017年9月22日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【52】天秀庵城跡(因島重井町片山) 天秀庵城跡(因島重井町片山) 重井町にも片山がある。明神と伊手樋の間で、やはり船奉行片山数馬の居城跡だと言われている。天秀庵(てんしゅうあん)城跡である。子供の頃には丸福公園になっていた。過日訪ねたら竹藪に変じていた。幼 […]
2017年8月26日 / 最終更新日 : 2017年9月3日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【51】片山家墓地(因島三庄町片山) 片山家墓地(因島三庄町片山) 片山家の墓地があると言うので訪ねた。 百梵(ひゃくぼん)山の東の山麓に権現池と権現宮(熊野神社)がある。島四国三十四番種間寺のあるところと言った方がわかりやすいかもしれない。かつてはその近く […]
2017年8月19日 / 最終更新日 : 2017年8月20日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【50】百梵山城跡(因島三庄町百梵) 百梵山城跡(因島三庄町百梵) 変電所の横を東へ走ると切り通しの最頂部あたりが土生と三庄の境になる。そこを通過するとき右側を見てみよう。と言っても深い切り通しだから見えるのはセメントの壁ばかりである。しかし注意して見れば上 […]
2017年8月12日 / 最終更新日 : 2017年8月17日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【49】鼻の地蔵尊(因島三庄町三ケ崎) 鼻の地蔵尊(因島三庄町三ケ崎) 三ケ崎よりも地蔵鼻とよく言われるように鼻の地蔵さんの方が美可崎城跡よりも有名である。この地蔵さんは玉ねぎ状の風化花崗岩の内部にある球状の母岩(コアストーン)を思わせる見事な大岩に彫られてい […]
2017年8月5日 / 最終更新日 : 2017年8月17日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【48】船隠し(因島三庄町三ケ崎) 船隠し(因島三庄町三ケ崎) 美可崎城の西の海岸が船隠しだったと言われている。弓削瀬戸に面した南側の海岸である=写真上(弓削から)。一方、北側の三庄湾の入口の海岸だとも言われる=写真下(椋浦峠から)。 当時の人が船隠しと呼 […]
2017年7月22日 / 最終更新日 : 2017年8月17日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【47】美可崎城跡(因島三庄町三ケ崎) 美可崎城跡(因島三庄町三ケ崎) 安芸の地乗りと呼ばれる古くからの航路は布刈瀬戸を通り、江戸時代になって開発された伊予の沖乗りと呼ばれる航路は弓削瀬戸を通る。このことからも、備後灘が海を支配する者にとって重要だったことがわ […]
2017年7月15日 / 最終更新日 : 2017年7月20日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【46】板碑(因島三庄町明徳寺) 現在明徳寺のあるところが第五家老南彦四郎泰統の館跡だと言われている。だから三庄の土居城跡というのは現在の明徳寺とその周辺のことである。この定説を信じるならば、明徳寺は南氏が去ってから開基されたか、あるいは別の地にあったも […]
2017年7月8日 / 最終更新日 : 2017年7月15日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【45】毘沙門天像(因島中庄町成願寺) 毘沙門天像(因島中庄町成願寺) 宮地大炊助明光(晩年に妙光と改名)は応永30年(1423)田熊天神山城に来て、その後中庄の大江城へ移った。宝徳元年(1449)には子息資弘とともに金蓮寺を再建した。同じ年に大山へ明光山成願 […]
2017年7月1日 / 最終更新日 : 2017年7月7日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【44】大江投錨(因島中庄町大江山) 大江投錨(因島中庄町大江山) 宮地大炊助明光は田熊天神山城から、現在中庄公民館のある所の裏山に移った。そこを大江山と言い周辺を大江と呼ぶのは、宮地氏の姓が大江であることに因む。 中庄公民館の裏、大江山の山裾に大江投錨と呼 […]
2017年6月24日 / 最終更新日 : 2017年7月1日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【43】宝筐印塔(因島三庄町善徳寺) 宝筐印塔(因島三庄町善徳寺) ハリコ大師で有名な三庄の善徳寺を訪ねた。今回の目当ては宝筐印塔(ほうきょいんとう)である。石段を上がると、境内の左前方にソテツがある。ソテツの傍に古い宝筐印塔がひっそりと立っている。因島宮地 […]
2017年6月17日 / 最終更新日 : 2017年6月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【42】天神山城跡(因島田熊町天満) 天神山城跡(因島田熊町天満) 因島図書館の駐車場から山伏山の方を見ると、標高18メートルの丘の上に見事な巨樹の雄姿が見える。その丘が天満宮のある天神山城跡である。 この木は菅原道眞が延喜元年(901)九州左遷の途次停泊し […]
2017年6月10日 / 最終更新日 : 2017年7月1日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【41】長門明神(因島重井町久保) 長門明神(因島重井町久保) 久保という地名は窪地であることからきている。それが平面的であれ、上下であれ窪んでいる地形は戦略上重要である。それも馬神山の南西であるから、馬神城を守った第三家老末永氏の関係者が住むのに適したと […]