ふるさとの史跡をたずねて【445】村上水軍発祥の地(今治市吉海町本庄下堂)
村上水軍発祥の地(今治市吉海町本庄下堂)
まことに急な話の展開で驚く方も多いと思う。しかし、話は前回の続きなのである。「ロマンの島の除虫菊」というのは、今風に考えれば、かつて初夏の頃、島全体を白一色に染めた除虫菊は今は見る影も無く、農産物ではなく観賞用にごくわずかの地で植えられているという数奇な運命はまことにロマン的だ、と解釈できる。
しかし、私のかすかな記憶をたどれば、あの頃「ロマンの島」というのは「村上水軍の島・因島」ということだった。だから前回の石碑もそう解釈するのが正しい。
村上水軍というのは海の悪党なのか英雄なのかわからないところがあってロマン的であった。ところが悪党に近い「村上海賊」の方にロマンを感じる人が多いようであるが、これは言葉に対する感性の違いであって私ごときがとやかくいう問題ではない。
伯方島や伊予大島へ行くと、いたるところにささやかではあるが村上水軍にゆかりのある地があって、別の意味でまたロマン的である。
ささやかな「ゆかり」だけで十分なのに、「村上水軍発祥の地」というのは真偽を通り越してロマン的であった。
場所は例によって横着な説明で申し訳ないが、大島四国(大島准四国霊場)52番西蓮寺(四国名太山寺)である。坂を登ると中段の墓地のさらに上の平地にお堂と「村上水軍発祥の地」と書いた石碑とそれを取り巻く古い墓石がある=写真㊤。
その石碑の裏に解説文があり、「清長、始め讃岐国に在り平治の乱により源義朝滅亡後、塩飽諸島に蟄居、永暦の頃、予州越智郡大島に押し渡り本庄村に築城居、養和元年河野通清と共に備え後、平氏頼入道西寂と合戦、粟井坂に於て討死予州村上家、是より起る」と書いてある=写真㊦。(一部表現を改めた)。
中央の宝篋印塔が源讃岐守清長の墓である。
この場所がその城跡で「下堂(しもんどう)ノ城跡」と呼ばれ、「呂ノ字型連郭」と呼ばれるタイプのものらしい。下の長方形の上に小さな長方形が載った形である。上の小さな長方形の隣が狭い墓地になっている。
そもそもこれまでに少し書いた三島村上水軍の成立そのものが伝説であり、さらにその先祖の話であるからロマンとして楽しむだけである。
(文・写真 柏原林造)
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