ふるさとの史跡をたずねて【444】因島除虫菊記念碑(尾道市因島重井町伊浜)
因島除虫菊記念碑(尾道市因島重井町伊浜)
除虫菊に関する記念碑はもう一つフラワーセンターの入り口にもある。どういう名称にしようかと考えながら石碑の裏側へ廻ってみると、「因島除虫菊記念碑」と書いてあったので平凡ではあるが従うことにする。
名称はともあれ、ここに除虫菊に関する県立の農事試験場があったことを伝える記念碑である。
石碑には「因島の花 除虫菊 風さやかロマンの島の除虫菊 藤田雄山」と書かれた花崗岩がはめ込まれている。
その右側に青い空を背景にした除虫菊の花の写真が金属枠をつけて、はめ込まれている。陶板かと思ったが残念ながらステンレスのようだった。したがって年月とともに褪色する。
ここで村上勘兵衛さんが誘致した農事試験場について振り返っておこう。昭和10年に面積3町(約3ヘクタール)の広島県立農事試験場除虫菊試験地が全額国庫補助で設置された。昭和22年に農林省移管となるも、昭和26年再び県に移管され広島県立農業試験場島しょ部支場となった。試験地の一部は元軍用地の深浦新開にもあったが、近隣の農家と農地交換がされてこの地に集約された。
農事試験場で昭和40年に開発された新品種「しらゆき」は有効成分が従来種の1.5倍、収量も24%も多いので昭和44年ごろには普及した。
また除虫菊栽培における農地利用のあり方は地域ごとに多様であったが、因島では、麦、サツマイモにカミノリ(トロロアオイ)を加えて間作と輪作を組み合わせた高度な輪間作体系が生まれた。これも、農事試験場が近くにあったからだろう。
そのようすは今後書くことはないと思われるので記しておく。秋に除虫菊の種を撒き、翌春2、3月ごろ麦の畦間に植える。初夏の麦刈り後、除虫菊の畦間にトロロアオイを間作する。3年目の初夏に白い花を収穫、その後へサツマイモが植えられた。このサイクルが並行して行われるのだから2年目の初夏と3年目の初夏は畑は別々だが、人は両方を行う。これが「春の農繁期」であった。
(文・写真 柏原林造)
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