「始まりと終りに」故仲宗根一家に捧ぐ【36】第六章 最後の旅路

連載の回数が増すごとに野原さんとの交流は深まっていった。私からそのことを強く望んだ。

今年の4月18日の野原さんのメール。

連載7を読みました。そのころから青木さんは沖縄に縁があったのですね。それが現在まで続いているのでしょうか。

私の感じた事を書きます。

青木さんと最初にお会いしたときになんとなく人を寄せ付けないような、拒むような雰囲気があるな…と思いました。

小説を読んでみて、勝手にですが納得しました。

すいません、私の想像です。

連載7に私は、四・二八沖縄デー決起と破防法裁判の始まりのことを記した。それらによって、私の精神と肉体は沖縄に支配されたと言っても言い過ぎではない。いや、あの悪夢の空襲の日から沖縄との縁が始まったのではないか。

確かに私は周囲に対して絶えず身構えているようだ。それもあの空襲の日からつづいている、悲しい心構えだったのかもしれないのだ。

2カ月経った6月17日のメール。

お久しぶりぶりです。お元気でしょうか。

そちらは梅雨の真っ只中だと思います。

沖縄は、予想外に空梅雨と早い梅雨明けに連日33度の高温注意報が発令されています。

夏が嫌いな私はもう早くもバテ気味で、うんざりです。

小説をありがとうございます。感想が遅れましたが、続けて読むうちに、青木さんの人を拒むような感じ(すいません)が、生立ちでなんとなく理解できるような気がしました。

私の勝手な感想ですが…

最初に会った時に、野生動物のように決して人に馴れない、自分のテリトリーがある方だと感じましたが、小説を読み続けると、分った気がしたので。

あー失礼しました。本当は全く違うかも知れません。

本をよく読むので、いつも想像を大きく考えてしまうくせがあります。

野原さんは読書家である。彼女の影響で私は3冊の本を読んだ。さらにある世界的な画家の画集も観た。彼女はまた、沖縄の気候と関係させて因島の気候を心配してくれる。台風の時などなおさらそうである。
私が作品で自分の家族のことに触れたことへの感想が届いた。

さて10~11までを読ませていただきました。

これまでの内容と違い、青木さんの家を無断で覗いたような気持ちです。

それまでは、どちらかと言えば、攻撃的な印象でしたが、初めて別の面を見たような気がして、不意をつかれました。

お父さんが屋根をふきかえた時の気持ちはどうだったのだろうと私なりに想像してみたりしました。

昨年、わらじ屋(筆者注 那覇市で夕食を共にした居酒屋)で青木さんが「何かを残さないと母親が可哀そう過ぎる」とおっしゃっていましたね。

読んでいてその意味が分りました。

凄く寒い中に、独りポツン…と置かれているような気持ちですか?

現代の希薄な親子関係とは全く違う、すごく濃い(濃厚)な家族に対する気持ちや愛情だと、また勝手に解釈しています。

(青木忠)

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