20年ぶり造船の島復活祝う 内海造船因島工場 大型船建造挑戦へ膨らむ期待 23日の進水式を一般公開

日立造船グループの内海造船(株)(本社・尾道市瀬戸田町沢226―6、嶋末幸雄社長、電話0845-27-2111)は、因島土生町の内海造船因島工場で建造していたドイツの海運会社から受注した大型コンテナ運搬船(全長約200メートル、総トン数2万7千200トン)の進水式を9月23日(祝)午前11時20分から1号船台で行う。

技術の結晶が蘇る内海造船因島工場1号船台

昭和62年、日立造船因島工場から新造船部門を撤退して以来、20年ぶりの中型船建造の復活で現場は沸き、島に活気が見えてきた。同社は造船復活記念シンボル船の進水式を一般公開する準備を進めている。当日は午前10時30分から正門、中門、西門から一般見学者を入場させ、日立グラウンド臨時駐車場からシャトルバスで1号船台近くまでピストン送迎する。

午前11時20分、船名の命名式。同30分、船主の令嬢が銀の斧で支網切断。全長約200メートルの勇壮な巨体が満汐の因島土生水道へ滑り降りて浮ぶ。

基幹産業だった造船城下町因島から灯が消えたのは1980年代。オイルショックに続く円高、重厚長大型産業の構造的不況により日立造船は因島工場での新造船建造から撤退。3千300人の従業員が200人にまで減り「島が沈む」とまで言われた。

島に再び活気を呼び戻したのはいわゆる「中国特需」。日本造船工業会(東京)は北京五輪(2008年)から上海万博(2010年)まで高水準が続くとみている。

こうした背景もあって、内海造船は2005年1月、同じ日立造船グループのニチゾウアイエムシー(因島)を吸収合併し設備投資を進め、因島工場で本格的な新造船建造に取り組んだ。20年ぶりとなる約3万トンのコンテナ運搬船建造が1号船台で始まったのは今年2月初め。コンピューター制御の切断機が動き始めると、銑板を切るプラズマの光を見ながら「二度と大型の船が造れると思っていなかった」と造船マンは感慨無量。

ドイツの海運会社から受注した2千500個積みの大型コンテナ運搬船は、切断した鉄板で骨組み。60トンの船体ブロック約130個を製造。5月下旬から船台で組み立ててきた。船体に高所作業車のアームが伸び、溶接バーナーの青い炎が光る。

この船台は日立造船が1986年の新造船撤退までの75年間に最大16万トン級をはじめ大中582隻を建造、進水させてきた。2005年に同工場を引き継いだ内海造船は主力工場として2009年上期にかけてこの船台で7隻を建造する。さらには7万トン級の目標も掲げられているが、20年間のブランクと後継者の育成、求人難という壁が立ちはだかっている。

20年前に日立造船因島工場の最後の進水作業を指揮した当時の係長、川路道博氏が今回は工場長として華やかな進水式の感動のドラマを演出する。

そして「1日平均150人、述べ3万人の努力で完工した建造船は技術力がさびていなかったことを証明できた」と喜びをかみしめている。

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