空襲の昭和20年度 土生幼稚園の日誌 戦争の日々を綴る

本紙の青木忠記者は8月から9月にかけて、因島空襲に関する情報公開を各行政機関に求めた。

その第一は尾道市消防局長宛のものである。内容は

  1. 御調郡三庄町(現在の尾道市因島三庄町)役場作成の昭和20年7月28日の同町7区・8区などへの空襲被害調査書類。
  2. 三庄町警防団の昭和20年度の日誌。

これへの回答は、該当する文書が存在しないというものである。

第二は、広島県警本部長宛のものである。その内容は、昭和20年7月28日空襲に関する因島警察署の実態調査の書類である。

これに対して、「警察百年史 下巻」の第15章第1節「県下の空襲被害」の草稿が開示された。

第三は、尾道市教育委員会に求めた、昭和20年度の土生幼稚園(現在の因島南認定こども園)の保育日誌=写真=である。これは公開された。

昭和20年度の土生幼稚園(現在の因島南認定こども園)の保育日誌

開示された、70年前の土生幼稚園保育日誌は、すでに公開されている、同時期の土生小学校日誌とともに極めて貴重な歴史資料と評価できる。

日誌は、空襲下の土生幼稚園の日々を記録しており「入園式挙行」の4月5日(月)から始まっている。

4月13日(金)に「警報発令ス(午前一〇時半)」とある。4月16日(月)には「一〇時四〇分警報発令ニ付休園ス」。
同様の記入が次の日付けにある。

4月28日▽同30日▽5月4日▽同5日▽同7日▽同10日▽同11日▽同14日▽同15日▽同16日▽同17日▽同21日▽同23日▽同25日▽同28日▽6月1日▽同7日▽同15日▽同21日▽同22日▽同25日▽7月5日。

なかでも5月5日の「午前一〇時一五分頃警報発令サル敵大型機多数通過」の記述が注目される。

公式には因島空襲は3月19日と7月28日の2回とされるが、当時の体験者のなかには、「5月頃に空襲があった」と証言する人がいる。

3カ月半の休園

土生幼稚園は7月7日、休園になる。その日の日誌に「本日ヨリ休園ス、園児乃母姉ヲ召集ス」とある。

開園するのは10月18日である。およそ3カ月半の休園である。記述にはないが空襲の激化と戦後の混乱がその理由だったのではなかろうか。

その間、日誌は書かれていない。この日誌の空白こそ、いかに空襲が激しかったかを物語っている。

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