碁聖・本因坊秀策偉人伝 郷土因島出身の天才棋士の物語り 虎次郎は行く(下巻)序【7】 「ヒカルの碁」の原作者との対談(完)

ほったさんは、冷めたお茶を手にとりながら、ちらっと時計に目をやった。

「スケジュールがおありなのに長話をして申しわけない」と、お詫び申しあげると「今日は、ここ(本因坊秀策誕生の地)だけの予定で時間もじゅうぶんあります」と屈託のない表情。

ほったゆみさんと対談する小説「虎次郎は行く」の作者・村上幹郎(むらかみみきお、ペンネーム庚午一生)

4年半という充実した長期連載を終った解放感や様々な苦労を乗り越えて自分で納得のいく作品を作り上げたあとの普段着のほったさんをかいま見た。そのひと時を一人占め、ヒカルの碁のファンに申し訳ないと思った。そこで、本紙とインターネット版で対談記事の掲載を思いつき、せめての罪滅ぼしの一助になれば―という次第だった。

ところが、思いのほか関東、北陸地方からの問い合わせやご意見もいただき、いまさらながらヒカルの碁の人気を思い知らされた。なかでも、韓国と日本との囲碁界についての質問が多かったので、なにかの参考になればと「朝鮮日報」2月24日付けの記事を要約、紹介しよう。

囲碁漫画で韓日の壁を崩す- 23日、ソウル・ピョンヤンに住むプロ棋士チョ・フンヒョン九段の自宅に日本で全1,200万部が売れた大ベストセラー囲碁漫画「ヒカルの碁」のストーリー作家、堀田由美氏(44)が訪れた。ツバメのような素早い石運びで世界の囲碁界を牛耳る最高の棋士と囲碁アニメーションが制作されるほどの人気を集めている漫画原作者との出会い。  今回の堀田氏の取材訪問は、チョ九段が日本の囲碁新聞「囲碁世界」でも注目されており、次回の連載分で韓国の囲碁界を描くためにもぜひ会っておかなければならない人物であった。堀田氏は、ノートいっぱいに準備してきた質問をマシンガンのように浴びせた。チョ九段は少年時代の10年間、日本へ囲碁留学していたこともあって日本語で答えた。  中略―「ヒカルの碁」は、プロ棋士として成長していく少年ヒカルを主人公に、人生と囲碁をおもしろく描いた囲碁漫画。専門的な内容を華麗な絵と楽しいエピソードで紹介。子供だけでなく囲碁好きの大人たちからも人気をあつめている。2000年には第45回小学館漫画賞を受賞。韓国・ソウル文化社から13巻まで翻訳・出版され40万部近くの販売部数を記録している。  集英社発行の「ヒカルの碁 勝利学」にも中国や韓国と日本ではプロ棋士の知名度や収入はケタ違いと説明。向うの棋士は、日本のプロ野球選手並と囲碁界の現状を引き合いに出されるほどの差がある。

時計の針は午後3時半を指していた。ほったさんは「秀策先生の墓参りに…」と腰をあげた。カメラマンを道案内に付けたが、ほったさんが何を墓前で祈ったかを問いかける”間”がなかった。それよりも因島にくるまでの新幹線の車中でお気に入りだった傘を忘れたことを悔やんでいた印象が残っている。地蔵院の裏山から海が見えない―と、残念がるほったさんを車に乗せ海岸づたいに江戸時代の秀策生誕の地をしのぶ縁(よすが)の手がかりを偲んでいただいた。瀬戸内海に点在する島々の段々畑にはミカンの花と香り、近代建築の粋を集めた巨大な架橋が織りなす風景をほったさんがどう感じたかは聞いていない。

写真はほったゆみさんと対談する小説「虎次郎は行く」の作者・村上幹郎(むらかみみきお、ペンネーム庚午一生)

 「ヒカ碁ファン」の皆さんから原作者のことをもっと知りたいという問い合わせを戴きましたが、対談記事は長時間の内容を短縮してまとめていますので微妙なニュアンスが欠落します。読み方によってはズレが生じますが、物語りの続きを都合のよい想像でふくらませる材料になればと願ってこの項をおわります。なお、本紙に掲載しきれなかった写真をカメラマン(川野良泰)のホームページで紹介しています。こちらからどうぞ。

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