空襲の子【69】連載終了にあたって 数々の出会い

 連載「空襲の子」がいよいよ終了を迎えた。2006年8月28日から2007年12月29日までの1年4カ月にわたった。二部構成になっており、前半が「因島空襲と青春群像―62年目の慰霊祭」、後半が「巻幡家の昭和史―公職追放をこえて」である。公職追放問題にあえて言及したのは、「空襲の子」として現代史における因島についての考察を試みたかったからである。


 この連載は、様々な方との出会いと取材によって成り立っている。そして筆者は11月28日、因島高校3年生の課題研究発表会に出席し、8人の高校生による研究レポートである「埋もれた史実『因島空襲』」を聞くことができた。そして、因島空襲の実態調査が、一個人の取り組みから住民全体の課題へと発展しつつあると感じることができた。
埋もれた史実「因島空襲」
 演壇スクリーンには、NHK放送記者である宮脇麻樹さんが制作した映像「因島空襲―新たな証言」(2007年7月26日放映)が映し出され、それを活用し2人の高校生が研究成果を発表した。新聞各紙は、「『因島空襲』地元高生が研究発表」「『死者100人超』証言を発掘」「『多くの事実が埋もれたまま。ぜひ研究を引き継いでください』と後輩に托した」と報道した。
 高校生の発表の「結び」には、次のように記されている。

 ―確かに広島に投下された原爆の被害はとてつもなく大きいものだったが、小さな島々の被害にも目を向けるべきではないだろうか。因島空襲や捕虜収容所の史実を知っている人は因島島内でも少ないようである。また、戦後60年が経過する中で、私たちに戦争体験・空襲体験を伝えることのできる方はかなり高齢化し、その数も極めて少なくなっている。だからこそ今、次代を担う私たち若者が積極的に戦争について学び、後世に語り継いでいかねばならないのである。

 因島市史編集専門委員の青木茂氏は「因島市史のあとがき」にこう記している。

 「けっこう、もう一冊は書ける、書かなければならぬ資料を、涙を呑んで捨てた。読者諸君のなかには、当然書かれるべきことを、簡単に片づけたもののあることを、察せられるであろう。頁数に限られるので、文字どおり、涙をのんで、没にしたものが、半数ある。しかたがない。またあとで、誰かに書き足してもらはねばならぬことを信じて、筆をおいた」

 と。これは、現代に生きる私たちに向けられた「遺言」なのかもしれない。
 そして高校生たちは、研究発表をあえて「未完」という言葉で結んでいる。この若き心意気に期待したい。同時に連載の終わりにあたって因島空襲をテーマにした出版の準備が来年の慰霊祭にむけて、進んでいることを報告したい。
 残念ながら広島県、因島市、日立造船を代表する出版物は、偽りの記録を掲載したままである。2007年7月28日、戦後62年目にして初めての慰霊祭が行なわれるところまできたにもかかわらず、それが修正される気配はない。そうである以上、住民自身によってその偽りが覆され、因島空襲の真実が満天下に明らかにされねばならない。その使命は、偽りの記録を長きにわたって容認してきた私たちによって果たされねばならない。

(完)

 写真は、「因島空襲」の実態調査報告を行なう高校生たち。世代を越えて継承がはじまった。

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