遺族ら200人 因島空襲慰霊祭 本格的な調査訴え

 太平洋戦争末期の昭和平成20年7月28日に尾道市因島は米空軍の激しい空襲を受けたが、島をあげての「因島空襲犠牲者慰霊祭」が62年目の7月28日、因島土生町で行なわれ遺族や空襲体験者ら約200人が参列した。


 遺族20人は午前10時、最大の攻撃目標だった日立造船因島工場内にある空襲犠牲者も祀られている労災慰霊碑.殉護照にお参りした=写真。

 同時刻、慰霊祭会場の市営駐車場コミュニティホールで記帳が開始され、午前11時から、遺族・被災者・体験者・関係企業・行政・議会・住民が一堂に会した慰霊祭=写真が始まった。

 最初に、「空襲犠牲者が100人を大きく超えていた」という証言の映像が映し出された。挨拶にたった主催者代表の青木忠氏は、62年目にようやく慰霊祭実現にこぎつけたことを喜ぶとともに、被害の実態調査はこれから本格化したいと訴えた。
 つづいて因島田熊町の岡野宣行氏が、遺族を代表して挨拶にたった。「遺族を代表して誠に嬉しく思う。感謝の気持ちで一杯です。きっと父・孫三郎が見てくれていると思う」と想いを語った。
 さらに、平谷祐宏尾道市長、井上文伸尾道市議会議長、列席した尾道市選挙区選出4県議を代表して松浦幸男県議会議員が追悼の辞を述べ、駐日英国大使グレアム・フライ氏のメッセージが紹介された。
 空襲開始時間とされる午前11時45分に合わせて黙祷が行なわれ、全員による献花に移った。当時、学徒勤労動員生として日立造船の土生・三庄工場で働いていた土生高女、尾道商、尾道中のOBや地元の因島高生の姿が目立った。

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