ルソン島に散りたる義兄よ風となり空駆け帰れ今日は命日

短歌・小川 計江
 若者がはるか南方のルソン島の地において散華した鎮魂(ちんこん)歌である。この歌の作者に命日とはいつかと聞いた、戦争のもっとも激しかった昭和19年か20年ごろかと思ったが意外にも早く、昭和18年の3月であった。日米開戦(真珠湾攻撃)から1年と一寸の期間である。作者は、未だ小学生であったらしく、若く生き生きと輝いて見えた義兄を羨望の眼で見ていたにちがいない。


 あの出征をした日から1年余り、白木の箱に入った遺骨となって還ろうとは夢にも思わなかった。土生港桟橋を身内の者に抱かれてしずしずと故里への上陸とは、まさに鬼の眼にも涙である。いま、多くの人に口遊まれている「千の風」と言う歌詞があるが、この歌にも或る種の哀感がこめられており、人の心を魅きつけるものがある。「義兄よ風となって戻って来よ」と呼びかけているのである。戦後の六十余年の年月を越えてなお胸底深く刻まれている祈りの歌と言えよう。
 ルソン島は台湾にもっとも近く、地図では日本の中四国九州を併せたくらいの面積だろうか。この島の占領についての記録は少ないが、昭和20年の1月からのアメリカ軍のリンガエン湾への上陸は激烈をきわめており、日本軍にしてはまれに見る機甲師団(戦車)が配属されていて、マニラの市街戦、山岳を利用しての持久戦へ持ち込み、太平洋戦史上稀に見る多くの戦死者が出た(死者のみ)

  • 日本軍…21万7000人
  • 米軍……8千200人
  • 市街戦によるマニラ市民の犠牲者9万人以上

参考文献・フリー百科事典「ウィキペディア
(文・池田友幸)

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