悲運の伊33号潜水艦 三庄ドックでの最期の姿 読者から寄せられた写真


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悲運の潜水艦と呼ばれる伊33号潜水艦、三庄ドックでの最期の姿を写した写真4枚が、読者から寄せられた。3枚を掲載する。

伊33号潜水艦

太平洋戦争下の昭和19年6月13日に訓練中の事故で乗組員102人とともに松山沖の海底に沈んだ。それから9年が経った昭和28年7月、引き揚げられた。遺体と遺骨は収容され、多くの遺書も発見された。荼毘にふしたのちに向かったのは、閉鎖されてまもない日立造船三庄工場のドックであった。

伊33号潜水艦

上2枚の写真を寄せてくれた田熊町の読者の父親は呉海軍工廠出身で、奉仕活動で伊33号潜水艦の解体工事にかかわったという。2枚とも父親が写した。本紙921号掲載した記事を目にして、自宅にその写真があることを思い出した。写真の裏側には、

「昭和弐拾八年八月廿四 御調郡三庄 伊号33号潜水艦解体作業に於て」
「昭和二十八年八月廿四 因島市三庄町 日立ドック 伊三十三号潜水艦」

と万年筆で書かれている。ちょうど因島が御調郡から因島市へ移行した時期である。

下の写真は、三庄町7区に住んでいた方が、自分のカメラで写し、アルバムに収めていたものである。

伊33号潜水艦