始まりと終りに」故仲宗根一家に捧ぐ【5】第一章 もうひとつの甲子園

1969年4月――決して忘れられない、特別の4月である。50年近くが経とうとしているというのに、鮮やかに覚えている。

私は24歳で、広島大学に籍を有していた。6年間もの学生運動の総決算として沖縄闘争に全身全霊を傾けた。「首都制圧・首相官邸占拠」方針に責任をとろうとしたのである。
首都東京は騒然としていた。国家と学生運動が総力を挙げて対決するのである。警察機動隊と学生デモ隊の激突は必至であった。

4月17日私は、東京文京区の文京公会堂にいた。新入生歓迎の集会が開催されており、会場は首都圏の学生ら千数百人で超満員であった。私は聴衆に向かって演説を行なった。そして、この際の演説が破壊活動防止法違反であるとされ、逮捕・起訴された。
その起訴状を久しぶりに読んでみた。「公訴事実」として次のように記されている。

―被告人は、全国学生自治会総連合書記長であるが、昭和四四年四月二八日のいわゆる沖縄デーに際し、「四・二八沖縄奪還闘争」を実施するにあたり、「反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア世界革命」をめざして闘い、もって共産主義社会の実現を推進し、日米安全保障条約に反対し、「沖縄の本土復帰、基地撤去」を推進する目的をもって、多数の学生、労働者らをして、警備などの職務の執行に従事する警察官に対し、凶器を携え多衆共同して暴行脅迫を加えてこれを粉砕し、首都を制圧し、首相官邸を占拠などして公務執行妨害の罪および騒擾の罪を実行させる目的をもって、同月一七日午後六時ころから同九時三〇分ころまでの間、東京都文京区春日一丁目一六番二一号文京公会堂において開催された、「七〇年安保勝利、新入生歓迎四・一七大政治集会」と称する集会の席上、参集した学生ら千数百名に対し、被告人青木において、全学連書記長として「四・二八首都制圧、首相官邸占拠は断固かちとらなければならない。われわれはもはや機動隊を粉砕の対象としてとらえなければならない。機動隊を粉砕せずして七〇闘争は切り開かれない。国家権力の暴力に対してわれわれが暴力を行使することは正当である。われわれの暴力には制限はない。この闘争で騒乱罪・破防法が適用されても絶対にひるんではならない」旨強調し、さらに「われわれのたたかいによって沖縄のゼネストを生み出そうではないか。われわれは佐藤訪米を一一月をまたずに粉砕しなければならない。四・二八闘争にはわれわれの手で首相官邸に中核の旗を立て官邸を占拠することを宣言する。ともにたたかおう」旨演説し、もって、いずれも政治上の主義を推進し、かつ、政治上の施策に反対し、あるいは推進する目的をもって、凶器を携え多衆共同して警察官らに暴行・脅迫を加えてその職務の執行を妨害する罪および騒擾の罪を実行させる目的をもってそれぞれその罪のせん動をなしたものである。

私は新入生歓迎集会の三日後、「四・二〇沖縄闘争勝利、七〇安保粉砕全国青年労働者総決起集会」において、2度にわたり、同じ趣旨の演説を行なった。

その日、東京新宿区の明治公園におよそ5千数百人の労働者・学生が集まった。そして国会議事堂や首相官邸の近くを通過するデモ行進を千代田区の日比谷公園に向かって行った。明治公園と日比谷公園での二度の演説も同様に破防法せん動罪に問われた。

こうした集会やデモを経るごとに、いやがうえにも、首都東京における沖縄闘争の気運は高まっていった。もはや誰にも止められない情勢の展開であった。

(青木忠)

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