3年ぶりの瀬戸田・しまなみ遠泳大会「水泳瀬戸田」を令和に引き継ぐイベント

第16回瀬戸田・しまなみ遠泳大会(2011年)より

第25回瀬戸田・しまなみ遠泳大会が8月11日(木・祝山の日)、3年ぶりに開催される。午前8時~12時30分雨天決行。集合は瀬戸田B&G海洋センター艇庫前。

島から島へ泳いで渡った昔の子どもたちの体験を今に引継ぎ、子どもたちの挑戦する心を養うことを目標に毎年行われてきた。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、昨年、一昨年と中止にしていた。

今年は、福山平成大学健康スポーツ科学科専攻の学生50人が参加予定。遠泳は佐木島までの約1km。乗船して応援もできる。

遠泳資格=小学校4年生以上、泳力検定合格者。過去の大会の完泳者。泳力検定は8月6・7日にサンセットビーチで行なう。

監視船からの救助、付添い泳者、ライフカードなども募集中。主催は、せとの海にあそぶ会(代表・槇村廣郎)

【問合せ】TEL 0845-27-3735瀬戸田B&Gセンター

「水泳瀬戸田」を令和に引き継ぐ

「島から島へ泳いで渡った昔の子どもたちの体験を、現代の子どもたちに引き継ぐ」という大会趣旨に基づいて、遠泳を通じて子どもたちの挑戦する心を養うことを目的に、瀬戸田町地元住民によって始められた「遠泳大会」は、瀬戸田水泳OB会の名が示す通り、競泳の伝統を遠泳大会が継承していると言える。

「水泳瀬戸田」の始まり

第二次世界大戦中の昭和18年(1943)9月、文部省通達で一切のスポーツ競技会は禁止されたという歴史をもつ。

戦後の復興とともに昭和20年(1945)10月には、「日本水泳連盟」として再スタートをきった。中国少年少女水泳大会も昭和21年(1946)9月、広島市第一高等女学校(現在の舟入高校)で戦後の復活をした。

昭和20年代は瀬戸田の全盛時代だったという。練習は海と池(茶臼山城址登り口にある中野の大池)。海は今のサンセットビーチ付近に、ロープをはって25メートルコースを作って練習したという。プールがまだなかった。

町をあげての水泳熱で、瀬戸田中学校と瀬戸田高校の一貫した指導体制がしかれ、毎年の大会で優勝を重ねた。国体の県代表選手の主力をになうほどであった。県下に瀬戸田の勢いは知れ渡り「水泳瀬戸田」と言われた。

アジア大会で瀬戸田高生が銅

当時を伝える資料によると、第8回大会総合得点男子は瀬戸田中学校が質・量とも他を圧倒、総合で男女優勝。第9回大会300メートルメドレーリレーで日本中学新をマーク。高校級の泳ぎと評価。その後も瀬戸田中学校の連勝は続く。第12回大会では男子7連覇、第10回大会で女子は3連覇をかちとっている。

第14回大会で平泳ぎの和気統選手が高校級の記録。昭和33年(1958)、東京で開催された第3回アジア大会に瀬戸田高校2年生で出場。200メートル平泳ぎでみごと銅メダルをかちとった。この瞬間、瀬戸田町内は歓喜で湧き上がったという。

その後も瀬戸田の勢いは止まらない。第20回大会瀬戸田中学校男女優勝。

昭和35年(1960)、町民念願の町営プールが完成。全国でも珍しい50メートルの「海水公認プール」である。第23回大会(1969)はついに瀬戸田町営プールで開催された。

瀬戸田町広報(昭和33年8月1日)

第20回大会(2015年)の記録動画(瀬戸田出身の映画監督・川本直人さん撮影編集)
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