続・井伏鱒二と因島【完】その作品に表現された「因島」

清水凡平氏の「路傍の詩」の〈52〉夏時雨には高橋智恵子さんの話が出てくる。

「あるとき土井の叔父から井伏さんの嫁にどうかと言われましてね、「文士では生活のメドがたたないから」と断ってしまいました。今から思うと『ホイ、しまった』なんて冗談も出ますけど……」と笑う高橋さんの言葉の底に、大切な事ほど口に出せなかった昔の乙女の純情さが偲(しの)ばれる。

「井伏さんが東京へお帰りになってほどなく、私も岡山の産婆看護学校へ入学しました。でも嬉しかったですねえ、岡山までわざわざ訪ねて下ださったのですよ井伏さんが……。あの時の井伏さんの思いやりや励ましがどんなに私の力となったことか……」

昭和51年春、高橋さんは行政相談員としての功績による受勲で上京した。「井伏さんのお宅にお寄りしたいと思いながらも、どうしてもそれができなくて……」。なぜか声を抑える高橋さんの眼元に、少女のようなはにかみがかすかにゆらいで見えた。

―1991年夏、地蔵ヶ鼻突端の丘に上がる。険阻な山脈(なみ)に三方を囲まれた三庄湾は、湾口の向こうに燧灘の風景を扇状に開き、山麓(さんろく)の狭い海岸に肩を寄せあう千守の集落は、もの静かな風情を紡ぎ続けている。だが、この湾に客船や旅人の姿は絶えて久しく、リゾート計画が舌なめずりをする現在という。

不意の夏時雨が燧灘に薄い幕を張った。と、一条の陽光が雲のすき間を貫いて鈍(にび)色の海面を白く灼(や)いた。光と陰とが音もなくたわむれる水平線で、百貫島が何事もなげに居座っている。

「毎日新聞」

参考文献

「井伏鱒二全集全28巻別巻2」(筑摩書房・2000年)
「井伏鱒二自選全集全12巻補巻1巻」(新潮社・昭和61年)
「井伏鱒二全集全12巻」(筑摩書房・昭和39年)
「井伏鱒二の世界小説の構造と成立」涌田佑(集英社・昭和58年)
「図説・井伏鱒二-その人と作品の全貌-」涌田佑(有峰書店新社・1985年)
「井伏鱒二と大正末年の因島・御調郡三庄町-井伏文学における因島検証の前提として-」前田貞昭(兵庫教育大学近代文学雑志19・2008年)
「ふるさと三庄」松本賢(昭和59年6月12日発行三庄老青連合会発行)
「中国名詩鑑賞辞典」山田勝美(角川書店昭和53年)
「井伏文学のふるさと」(2000年9月22日ふくやま文学館)
「井伏鱒二と中・四国路」(2006年ふくやま文学館)

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水軍スカイラインより三庄湾をのぞむ

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