続・井伏鱒二と因島【26】その作品に表現された「因島」

実は、この「因ノ島」の舞台裏を書いたものは新全集の11巻の「内海随筆」にも出てくる。「内海随筆」は1947(昭和22)年11月20日に『瀬戸内海』第5号に発表された。

去年の夏、私は二人の友人といつしよに因ノ島へ釣りに行き、偶然のことからその島の警察官と知りあひになつた。いろいろ四方山の話をした末に、警察官は「この島の土生町といふところにお泊まりになりませんか。なかなか蘊蓄ありげな町です」と云つた。それで私たちは土生町に泊ることにした。するとまた「何々といふ宿にお泊まりになりませんか」と云ふ。私たちはその宿に泊ることにした。警察官は私たちをその宿に案内して、ついでに裏座敷の二階に案内してくれた。何といふ親切な巡査があるものだろうと私たちは感心した。その夜、私たちは酒の勢ひで詩をつくり、大声で自作の詩をうたつた。

親切な巡査は私たちの部屋にちよつとやつて来て「大いに愉快さうですな。感興のおもむくままに存分に歌つて下さい」と云つた。さうして直ぐに帰つてしまつた。ところが暫くたつと、不意に隣りの家で騒がしい物音がした。細い道を隔てて直ぐ隣りの家の二階で騒ぐのである。「おい動くな!」といふ声がきこへた。私たちは窓から外を見て、きつと夫婦喧嘩だらうと云つてゐたが、間もなくその家から、三人づつ数珠つなぎにされ三組の数珠つなぎが現はれた。博打で挙げられたものであることが頷かれた。私の連れの一人は「なるほど、さうか」と彼自身の膝を打つた。

「僕たち酒のみだから、飲んで騒ぐことを、あの巡査は知つてたんだね。道理で、博打場と目と鼻のところへ、案内してくれたんだね、しかし、見事な腕前だ。」

その前日の夜、私たちはこの島の田熊といふところで一泊した。その夜、私たちは親切な巡査と知りあひになつて、酒が飲みたい気持を相手に打ちあけてゐた挙句である。巡査は捕物をするために、一つの迷彩として、私たちの飲んで騒ぐ声を有利に使つたものに違ひない。

翌朝、私たちが食後のお茶をのんでゐると、そこへまた親切な巡査が来て「昨晩は失礼しました」と云つた。にこにこと笑つてゐた。

「警察さん、あなたはなかなか演出家ですね。」

私の友人の一人はさう云つて、私たちはいづれもちよつと笑ひ崩れた。

「みなさん、またどうかこの島へおいで下さい。本土では(島でなくては、といふ意味だが)こんな経験は得られないでせう。いかにも島の出来事といつた感じでせう。」

とその親切な警察官が云つた。

「いや、お見事でした。」と私の友人は答へた。
(新全集第11巻371~372頁)

つまり同様な小説「因ノ島」の舞台裏を3編書いているが、小説「因ノ島」と「警官と私」では署長となっているところが、「捕物演出」と「内海随筆」では巡査となっている。

(石田博彦)

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