続・井伏鱒二と因島【19】その作品に表現された「因島」

正面の家の、二階の薄ら明りには何の変化もなかった。事件は、その裏隣りの部屋かどこかで起こつてゐたに違ひない。たしかにその見当で、はつきりと「何だ、きたないぞ」と叫ぶ声がきこえた。暫くするとその家の潜り戸があいて、なかから腕組みをした男が現はれた。それにつづいてふところ手をした男が二人現はれた。この三人が、すこしづつの間隔をおいて縄でつなぎ合はされてゐるのがわかつた。その縄の最後の端を、一人の私服がにぎつてゐた。この一組四人のうしろから、また四人つながつた一組が現はれて、そのうしろから、また同じやうな一組が現はれた。最後に一人だけ出て来たのは、さつきまで鰌すくひを踊つてゐた署長であつた。彼は外から潜り戸をしめ、前後左右をゆつくり見まはした後、左手の甲を口にあてたまま歩きだした。先発の一組四人づつの人たちは、ちようど街角を曲がつて行くところであつた。

賭博者の逮捕である。相手を油断させるための宴会であったようである。翌朝あいさつに来た署長は、「あんな場合には、署から支出がある規則です。やましいことはありません。」と言った。


戦後風俗をあざやかにとらえた作品。井伏は、この署長とは、その後親交を続けている。「因ノ島」(一九八四年)より「井伏文学のふるさと」(2000年9月22日ふくやま文学館)P22・23

(2)二つの「因ノ島」

小説「因ノ島」は『井伏鱒二自選全集第四巻』(新潮社昭和61年1月20日P31~53)、新全集の『井伏鱒二全集第十一巻』(筑摩書房1998年8月25日P398~414)などに収録されている。
ところで自選全集版と新全集版の二つの「因ノ島」はかなりの部分表現の違いが見受けられる。所謂「因島空襲」に関する表現にも大きな違いがある。

船はその波止場の先をかすめて港にはひつて行き、戦争中の空襲で赤腹を見せてゐる廃船を迂回して桟橋に着いた。中田老人の村の桟橋と違つて規模が大きく出来てゐる。この桟橋の附根のところに休業中の工場の建物が見え、その背後にも左右にも、ごちやごちやと家並みがつづいてゐた。はぶ土生といふ港町である。『井伏鱒二自選全集第四巻』(新潮社P46)

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土生長崎桟橋と家並み

(石田博彦)

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