続・井伏鱒二と因島【17】その作品に表現された「因島」

第三章 小説「因ノ島」考

(1)はじめに

井伏は昭和23年(1948)1月、「文芸春秋」に小説「因ノ島」を発表した。井伏が疎開中に取材した疎開小説の一つである。

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初出「因ノ島」プランゲ文庫


新全集別巻2の年表によれば、井伏は1944年5月に山梨県八代郡甲運村(現・甲府市)に疎開した。更に甲府市が空襲を受けたためか、1945年7月10日広島県深安郡加茂村に再疎開する。1947年7月下旬に3年3ヶ月にわたる疎開生活に終止符を打ち自宅に帰る。その加茂村に疎開中に因島を訪れたと思われるが、その年月ははっきりしない。

『井伏鱒二自選全集第四巻』(新潮社昭和61年1月20日392頁)の「覚え書き」には、次のような表現がある。

因ノ島

瀬戸内で闇取引の船が横行を始めたのは戦後百日目くらゐのことで、博奕船が盛んになつてゐた。そのころ私は因ノ島へ行つて闇船と共に博奕打が捕まるところを見た。これは風俗史のつもりで書いた。

上記の「戦後百日目」と表現されているだけで、明確ではない。

また、前掲出の「鞆ノ津付近」にも弓削島に立ち寄った話の後、次の表現がある。

その後この島には終戦後、因ノ島に行つたついでに寄つてみた。姥目樫の生垣も栗石を箝めこんだ土塀も残つてゐたが、商船学校のわきの松は大きな幹のものばかりが伐り倒されゐた。因ノ島の土生の港には、米軍に撃たれて傾いた汽船が何隻かあつた。戦前と戦後では島の気風もずいぶん変わつたらう。

『鞆ノ津付近』(新全集第21巻266頁)

以上のように表現されているだけで具体的な日時は記されていない。

(石田博彦)

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