福島放射能汚染地域に生きる子どもたち【6】

 14日、朝起きてみるといつもと違う風景が目の前にありました。広い道を走る車が一昨日、昨日よりも、もっと少なくなりました。幼稚園に教師を集めて卒業式をいつにするかなどの今後の対応を検討していますと、午前11時1分、とうとう第3号機が水素爆発を起こしました。3号機はモックス燃料といってプルトニウムを使っている原発です。それが爆発したのですから、私も、もはやここまでと思い、全てを無期延期として、教職員全員、若い女性が多い職場ですから、全員にいわき市以外の出来るだけ遠くに退避するように命じました。


 その夜は家に帰って国道を見ますと、車が一台も通らず、人の歩く姿も見られず、家々の明かりもなくなりました。街は暗く、真っ暗な、放射能の降る不気味な夜だなと感じました。
 15日、午前6時過ぎに2号機は原子炉圧力容器破損、格納容器破損、4号機が水素爆発、この時の破損と爆発が広範囲に放射能汚染を起こした原因であると調査によって指摘されています。いわき市などの浜通りは勿論、浜通りの多くの人々が安全だと思って避難した避難先の中通りも酷く汚染されていたことがやがて分かります。浜・中通りに加えて福島周辺地域も広範囲に渡って放射能に汚染されました。
 2号、4号の爆発等は午前6時頃ですが、15日に日が変わったあたりから、いわき市には放射能が降り始めています。ヨウ素131やセシウム137が爆発以前に拡散していたことがデータで分かります。いわき市の1時間あたりの放射線の空間線量は通常は0・06マイクロシーベルトですが、前日の夜からこの日の午前2時頃にかけてドンドン放射線空間線量が上がって、1時間あたり24マイクロシーベルトになりました。通常の400倍の放射能です。その午前5時頃から風が変わって、北に吹き始めますと、15日の午後4時から、浪江の山沿い、飯館や伊達、福島などの放射線空間線量がドンドンと上がっていきました。そして雨と雪に混じって大地に降り注ぎ、住民が住むことが困難になる程の高線量地域となり今までの生活が一変してしまいました。
 15日の午前11時、屋外避難が20~30㎞以内の住民に命じられました。いわき市の北部の一部が圏内に入るのですが、私の住んでいたいわき市平地区にはそういう広報が流れなかった気がします。流れても自宅に放射能が入り込まないようにするためにドアや窓を閉めて、放射能が侵入しないようにガムテープを貼って、鍵を掛けている人もいますから、外部の音が聞えないことだってあったと思います。
土屋修二(瀬戸田バプテスト教会牧師・博愛幼稚園園長)

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