続・井伏鱒二と因島【6】その作品に表現された「因島」

 また、「鞆ノ津付近」にも同様な内容がある。

 そのころ因ノ島には、土生の港と三ノ庄の港に造船工場があつた。沖を通る汽船が岬のはづれに見えだして、汽笛を鳴らした場合にはその汽船が修繕のため港の船渠に入つて来る。汽笛を鳴らさなければそのまま通り過ぎて行く。
 したがつて港の人たちは、汽笛が鳴るか鳴らないかに多大な関心を持つてゐる。もし汽船が船渠に入つて来ると、その汽船の修繕がすむまでには、すくなくても一週間以上は船員たちが上陸して金銭を浪費してくれる。港の人たちは汽笛が鳴るのを今か今かと待つてゐる。
 そこで汽笛が鳴ると、たちまち町が活気を呈して来る。旅館では女中が部屋の掃除にとりかかり、板前が八百屋かどこかへ電話をかける。芸者屋の妓は銭湯へ出かけて行く。病院では看護婦が注射器の煮沸にとりかかる。私の泊つてゐた土井医院でも、汽笛が鳴ると院長はすぐ分院へ馳せつけてゐた。
 私の泊つてゐた本院は船着場から十丁ほど離れ、岸壁をめぐらした埋立地に建つてゐた。
『鞆ノ津付近』(新全集第21巻264~265頁)

 前田貞昭氏は「井伏鱒二と大正末年の因島・御調郡三庄町-井伏文学における因島検証の前提として-」のなかで、この上記の「因島半歳記」の記述の「曖昧さ」を指摘し「『この港』とは、いったい、どこの港を指すのだろうか。
 『三ノ庄』なのか『土生町』なのか」と述べ、「この文章においては、三庄町に賑わいがあったとしても、土生町のそれと重ねることによって、その背後に隠されてしまっているような印象を受けるのだ」と指摘している。
 さらに、前田氏は「鞆ノ津付近」の記述から「土井医院本院から『十丁ほど離れ』たところに、入渠船で活気づく『船着場』『港』『町』があること、また、そこに土井医院分院があると説明されていることを根拠として、土井医院本院・分院ともに三庄町内に所在するのであろうと判断することになろうか。このあたりは曖昧だ。
 この『十丁ほど』の距離を近いと見るか遠いと見るかは別にして、慎重な言い方をすれば、この『鞆ノ津付近』から理解されるのは、井伏が暮らした土井医院本院から『十丁ほど離れ』た『船着場』の近辺に、『旅館』・『芸者屋』・『銭湯』が存在していたという事実にとどまる」と述べている。
(石田博彦)

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