ふるさとの史跡をたずねて【192】芋地蔵(因島重井町細島)

芋地蔵(因島重井町細島)

菅菊太郎『愛媛県農業史中巻』(昭和18年)には、前回書いたように重井村に二カ所芋地蔵があることになっている。もう一つはどこにあるのだろうか。ちょっとした謎である。こういう時は、だいたい細島を探せばよい。それでもなければ小田の浦である。小田の浦に人が住み始めてバス停ができた時、因の島バスには黒いバックを持った車掌さんが乗っていたから、人が住み始めたのは、ワンマンバスに切り変わる少し前である。それ以前は人は住んでいなかったので、遺跡らしきものはない。ため池と陸軍境石があるぐらいであろう。軍用地があったことは聞いているが、ここの陸軍境石はまだ見たことがない。

細島の廃寺となった長福寺は、現在は荒神社になっていて古い五輪塔などがある。墓の多くは共同墓地にある。そこに三十三観音と並んで、それらしいものがあった。「芋元祖 古岩獨釣信士 下見吉十郎」と書いてある=写真

「古岩独釣」というのは下見吉十郎翁の雅号である。大三島の吉十郎翁の生家は海岸に近い。古い岩の上で釣りをするのを楽しみとしたのであろう。

サツマイモを広めた下見吉十郎翁の行為はサツマイモの恩恵を受けた側から見れば慈悲であり救済であるから、芋観音、芋地蔵と呼んで尊敬と感謝の意を表したのである。そして、その形態として、重井善興寺のように吉十郎翁の像を彫った場合もあるし、細島のように供養碑の場合もある。また、三庄町観音寺のように既存の観音菩薩像を「芋観音」と呼んで供養したり、大浜町の才崎城跡のように食饒神社を「芋神社」と呼んで祀っている場合もある。このように様々であるが、おそらく島内全域で下見吉十郎翁への敬慕の供養は行われていたと思われる。

(写真・文 柏原林造)

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