【卒業論文】ミュージシャンと故郷の繋がり「ポルノグラフィティと因島」(9)

第二節 ポルノグラフィティ因島無料ライブ
 第一節で紹介した因島にまつわる歌詞が登場する楽曲のように、ポルノグラフィティの音楽活動の中には因島の存在を垣間見る事ができる。次の第二。三節では、ポルノグラフィティが因島に対して直接行った活動について述べる。


 第一章第一節でも述べたように、現在因島は尾道市に属しているが、元々は因島市という1つの市だった。因島市が尾道市へと合併されたのは、2006年1月10日の事である。
 全国的にも島全体が1つの市という地はあまりなく、それを誇りに思う人も多かったので、「因島市」という名前がなくなる事に対し、当時子供からお年寄りまで多くの住民が残念がったそうだ。ポルノグラフィティの2人も例外ではなかった。そして、因島市がなくなる事がきっかけになり、彼らは以前から構想していた因島への恩返しを実行に移した。それが因島の小学生、中学生、高校生を無料でポルノグラフィティのライブに招待した因島無料ライブだ。
 因島でライブをするという案は、それ以前からポルノグラフィティの頭の中にはあったそうだ。しかし、デビュー後は自身の音楽活動に追われ、中々実現されずにいた。そのような時に因島が合併されるという情報が彼らの耳に入り、因島でのライブ開催を決意したのである。ちょうど因島の人々も、「ポルノグラフィティに因島で何かをして欲しい」と期待を高めていた時期だったので、うまくタイミングが合ったようだ。
 しかし、ライブの計画が順調に進んだ訳ではなかった。まずスケジュールの面で問題があった。ボルノグラフィティはちょうど、5月から12月にかけての7回目の全国ライブツアー「SWITCH」の最中であったからだ。また、「帰りが夜遅くなる」「教育上ロックのコンサートは良くないのでは」と反対の声も出ていたそうだ。しかし、因島市と教育委員会の協力もあり、ライブを行うという方向に話が進んでいった。
写真は因島市民会館のライブ。
長神有紗(阪井ゼミ卒論文集より)

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