因島ピースコンサート 今年は因島市民会館で(7月28日)

因島は、第二次大戦末期の1945年の3月19日と7月28日の2回にわたり、米軍の空襲に見舞われた。特に7月28日は、100人をはるかに超す犠牲者がでた。この日を記念日として2010年、因島ピースコンサートが始まった。今年で3回目を迎える。昨年の3月11日を受けて、東日本大震災復興支援が新たなテーマに加わった。

第3回因島ピースコンサート
7月28日(土)因島市民会館 問合せ090-2008-2938
  
[出演] 原田 真二、ChoBO、井上さなえ

こうした行事は全国でも稀なもので、今や備後地方を代表する行事にと成長している。今年は初めて因島市民会館大ホールで、午後3時から行われる。

10年の積み重ね

因島空襲は、たくさんの犠牲者が出たにもかかわらず、報道もされず、「因島市史」においても無視されたままになっていた。

2002年7月28日、三庄町の空襲現場で犠牲者追悼集会が開催され、本格的な調査活動が始まった。そして2007年7月28日、合併後間もない尾道市をあげた初の慰霊祭が行われるにいたった。

2010年7月27・28日広島市出身の歌手・原田真二さんを迎えて、第一回ピースコンサートが開催され5つの行事に1100人が参加した。次年は、新しく東日本大震災支援をテーマに加えて因島フラワーセンターで500人の野外コンサートとして行われた。

井伏鱒二との縁

今年の3回目の行事の大きな特徴は、文豪・井伏鱒二との縁であると言える。井伏は、早稲田大学時代の大正10・11年、三庄町に住んだことがあり、40近い因島に関係する作品を残している。そのうち因島空襲にふれている「因ノ島」と「鞆ノ津附近」が、コンサートに先がけて朗読されることになっている。

ピースコンサートを経るたびに住民のなかの因島空襲への関心が高まっており原田真二さんのファンを中心に全国からの注目が寄せられている。

ピースコンサートチケット取扱店

【田熊】ミツイシヤ▽坂井文具店▽ギャラリー喫茶ブラームス▽喫茶シルバー▽朝日新聞田熊販売所▽因島スーパー田熊店
【土生】因島観光協会▽せとうち書房▽松愛堂
【三庄】宮地薬局
【中庄】フラワーショップ花水木▽喫茶マロニエ
【重井】菓子処中島▽菓舗勉強堂▽大出材木店▽いつふく
【三原】はるのんCafe。

朝日新聞、NHKなどで原田真二さん注目浴びる

最近、歌手・原田真二さんのテレビや新聞への出演がめだって増えている。

3月19日、日本テレビ「人生が変わる1分間の深イイ話~昭和VS平成名曲スペシャル」に登場し、話題を呼んだ。

6月23日、朝日新聞beの「うたの旅人」に、原田さんのデビュー曲「てぃーんず ぶるーす」が、2ページにわたり取り上げられた。この曲が誕生したのは、彼が高校3年の時。デビューのエピソード、歌手・原田真二とこの曲とのかかわりがつづられている。

NHKの「いのちのうた2012」に出演する。7月7日、広島市文化交流会館で公開録画がある。原田さんの他に、秋元順子、石井竜也、大月みやこ、菅原洋一さんらが出演する。放送予定は、7月21日(月)午後7時30分~同8時43分。

7月6日(金)午後6時17分ころ、FMふくやま「イブニングステーション」に電話出演。

美しき瀬戸内に

瀬戸内育ちの私にとって瀬戸内海の多島美は、いつも感動を覚えます。特に因島の島々は本当に美しい。

というのも以前、因島に語り継がれる鼻の地蔵のお話を、ミュージカル劇にする為、島々を巡り、鼻の地蔵さんにお邪魔しました。潮が引いた時にしか行けない鼻の地蔵さん。悲しい恋の物語に心を打たれたのを今でも思い出します。

しかし、そんな歴史とロマンを感じる因島に、現実として悲しい過去の真相があったとは、驚きでした。全国民が、何も分からないまま一つの方向へ引き摺られ、ある所では灰にされある所では蓋をされ、長い年月私達は間違った歴史を教えられてきていたのでしょうか。過去の、いや今もそうでしょうか。人間同士が引き起こしている悲劇が繰り返されているのも、過去の真実を語り尽くされていないからかもしれません。

昨年の東日本大震災は、そんな悲しい現実に、自然界から私達に何かを訴えようとしているのではと思うのです。何も分からないまま消えた街や人々。因島空襲も、広島や長崎への原爆投下も、世界中で今も猛威を奮う震災や津波や竜巻なども、これから安心して暮らせる未来の人々や地球へのメッセージなのでしょうか。

私達は何の為に、誰の為に戦ってきたのでしょう。

そして私達はこれから何の為に生きようとしているのでしょう。でも本当は、私達は信じているのです。閉ざされた過去の扉を開け、明るい未来が約束されている事を。未来の子供達に託して!

(南一誠)

因島空襲のこと

昭和20年7月28日、生後10カ月の私は、母と祖母とともに、米軍の空襲によって全壊した三庄町神田の自宅の下敷きになり、仮死状態から生還し、現在まで生きてきました。
因島空襲とは何でしょうか。想像してみてください。

当時の因島には、軍需工場が三庄、土生、田熊と展開していました。今の日立造船因島工場がその中心だったのです。また西浦、重井、大浜の海岸は陸軍の燃料基地だったのです。今のアメニティ公園もそうだったのです。

米軍は土生、三庄の工場を3月19日、7月28日と二回にわたって攻撃しました想像してみてください。造船所で働いている者は、空からの攻撃に抵抗する術がありません。防空壕に避難できなかった子どもたちはどうなったのでしょうか。

多くの従業員、船員、軍人が犠牲になりました。三庄町では、多くの子どもをはじめ17人と言われる住民がなくなりました。

事実を新聞社も放送局も伝えませんでした。行政も企業もウソをつき、事実を隠しました。現場に行って自らの目で確かめ、空襲があったことを想像してみてください。因島公園から土生、三庄の空襲現場が見えます。弓削島、生名島から土生、三庄をみてください。工場がよく見えます。

文豪・井伏鱒二は戦後まもなく因島を訪れ、撃沈された船舶を目撃しました。

しかも占領軍の言論統制の下ではありましたが、勇気をもって、それを「因ノ島」という作品にしました。

また、しばらくたって「鞆ノ津附近」という作品を発表しました。朗読をお聞きください。

(青木忠)

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