ふるさとの史跡をたずねて【177】天狗三態(因島重井町白滝山)

天狗三態(因島重井町白滝山)

白滝山の観音堂前にある、例の「誤伝・十字架観音像」を彫ってある大岩の最上部に、天狗像が三体ある。表情が異なるので「天狗三種」などと呼ばれるが、ここでは「天狗三体」と紛らわしいけれど「天狗三態」と呼んでおこう。ではこの三体は白滝山の石仏群の個数の中に入っているのだろうか。石造物の数になら入れてもよいが、石造仏ではないだろう。しかし、石造物となると花台やら香炉台が入るのでますます混乱するであろう。石仏の数などをいう時は、注意が必要である。

余談ながら、これだけ多数の石造物があると誤解や俗説が生まれるのも当然かもしれない。古い資料を見ていると「二八尊者」というのはどれかと、かなり無理をして28体の石仏名を書いたものもあるが、「三五夜」の月の形は、29を引いて想像する必要は全くなく、まん丸なのである。「二八尊者」とは十六羅漢の別名であって、特別意味のある石仏が28体あるのではない。

かくのごとく、多くの石仏の中に混ざって天狗像が三体あるのは異様なのである。また、いつ、誰が、どういう目的で天狗像を奉納したのか、わからない。裏に回ってみれば、どこかに年号や名前が彫ってあるかも知れないが、怖いのでしていない。ただ、言えることは、天狗は修験者を示すので、白滝山が修験道と関係があったことを示すものだということである。

因島村上氏6代吉充が観音堂を建て、常楽院靜金を堂主にしたという伝承が本当なら、細島や白滝山などに居た修験者に配慮したことが伺われる。ただ、この三体があることで、江戸時代になっても修験者がいたことが考えられる。

修験者が僧侶よりも社会的に偉かった時代に、修験者について僧侶も修行をした。修行を終え、修験者なみになったことを「天狗になる」と言ったのではなかろうか。修行を十分に積まず、実力もないのに修験者の真似をする僧侶を「得意になる」という意味で言ったのが、現在では僧侶以外でも使われている。当然のことながら「鼻高々になる」ともいうのは、天狗の鼻は長いというイメージから付加されたものであろう。

(写真・文 柏原林造)

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