ふるさとの史跡をたずねて【174】阿弥陀三尊像(因島重井町白滝山)

阿弥陀三尊像(因島重井町白滝山)

白滝山は地元では観音山(かんのんさん)と呼ばれ、それはまた観音様の「かんのんさん」で、伝六さんのことに通じている。しかし、白滝山の大石仏群が単なる観音信仰の表現でないことは誰の目にも明らかだろう。では五百羅漢と呼ばれるように羅漢信仰かというと、そうでもない。では、白滝山とは一体なんだろうか。

功過自知録の普及の効果は絶大であった。しかし、いつまでも功過自知録の普及だけを続けていくわけには行くまい。成功が大きかっただけに、民衆は伝六に更なる御利益を期待したことであろう。伝六にとっては、引っ張っているつもりが、いつの間にか民衆に押されていたという感じではなかったか。

その熱気に押されて建設されたのが、白滝山の大石仏群である。ここで四国16番観音寺の御詠歌を思い出していただきたい。「忘れずも導きたまえ観音寺 西方世界弥陀の浄土へ」。庶民を弥陀の浄土へ導くのが観音さまの役割だという意味である。聡明な伝六がこのことを知らなかったとは思われない。

白滝山の最高部に阿弥陀三尊像があることから伺えるように、白滝山は極楽浄土の具現であった。ではなぜ五百羅漢と呼ばれるのか。それは、庶民一人ひとりが羅漢となって極楽浄土(白滝山)に行こうという考え方である。また、観音信仰・五百羅漢であれば、地元の曹洞宗の範囲内であり、体制順応の伝六が曹洞宗に反旗を翻したのではないことをよく表している。

これは、白衣観音像に象徴される現世御利益の観音信仰(伝六信仰)から、来世往生の阿弥陀信仰への見事な展開である。

ただ、「あなたの極楽浄土を作ろう」と言ったのでは、お金は集まらない。「あなたと共に家族や周りの人たちの行く」極楽浄土であったはずである。なぜなら「積善の家に余慶あり」と教えられているのだから、お金を出したり石仏をみずから彫る行為が、「善」にならなければならないからである。

かくして、信じられないほどの多くの人の寄付と協力によって白滝山の大石仏群が完成したのであった。これを伝六の人徳と呼ぶか、あるいは今風に「洗脳」と呼ぶかは、紙一重の差もない。

(写真・文 柏原林造)

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